「組み込み型金融」最前線 第6回 Apple参入の衝撃、サービス担い手は分化へ

2023.09.04 04:50
「組み込み型金融」最前線
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米アップルが「Embedded Finance(組み込み型金融)」として、米国で4月に提供を開始した預金サービスが、わずか3カ月半で100億ドルもの預金額を集めたという衝撃的なニュースが最近、話題となりました。


米銀JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)が「Silicon Valley is coming(シリコンバレーがやってくる)」と警戒を示したのは2015年。それから8年が過ぎ、いよいよ米IT大手企業群「GAFA」と呼ばれるプラットフォーマーが既存の金融機関に大きな危機感を与える規模のサービスを提供するようになってきています。


本連載の第3回第4回第5回では、ここ数年で登場したユニークな国内外の「Embedded Finance」の事例と、新しく金融サービスの提供者となるプレイヤー(ブランド)が「Embedded Finance」を活用する理由を3つの類型に分類して紹介してきました。


最終回となる今回は、より最新かつ王道な「Embedded Finance」のパターンとして米アップルの事例を整理して紹介しつつ、これから金融サービスの担い手がどのように分化していくのか考えていきたいと思います。


プラットフォーマーが「金融」参入

アップルは、高いブランド力と「iPhone」という端末を武器に2014年からモバイル決済サービスの提供を開始し、金融業に参入しました。2017年には、個人間送金サービス「Apple Cash」、2019年にはクレジットサービス「Apple Card」、そして2023年からあと払いサービス「Apple Pay Later」と預金サービス「Apple Savings」の提供を開始しています。



各サービスのうち、クレジットカード「Apple Card」と預金サービス「Apple Savings」については、米ゴールドマン・サックスが金融商品の組成・運営を担っており、アップルはブランドとしてライセンスを持たずサービスの提供だけを行っています。


預金サービス「Apple savings」は、金利が4.15%と非常に高く設定されているため、上述したようにわずか3ヶ月半で100億ドルもの預金額を集めることができたように思われがちですが、高金利の環境下にあるアメリカでは、米金融大手Capital Oneが金利4.3%の預金サービスを提供していることなどからもわかる通り、この水準の金利が付く預金サービスは少なくありません。そのような中で、何年間もサービスを運営している主要チャレンジャーバンクの規模と比較してみても、わずか3ヶ月半で預金額100億ドルの規模にまで成長しているアップルの実績は目を見張るものがあります。



日本でもLINE、メルカリが成長


こうした動きは米国だけではありません。日本でもLINEやメルカリといった大手プラットフォーマーが金融業に参入し、大きな成長を遂げています。




サービス担い手は分化へ


このように、アップルをはじめとする巨大なプラットフォーマーの参入が増えていったとき、金融サービスの担い手は全てプラットフォーマーに集約されていってしまうのでしょうか。


私は、今後「マスサービス」と「ニッチサービス」、「オンライン中心」と「オフライン中心」かという2軸で整理したとき、どのポジションを狙うかどうかで担い手がより分かれていくと考えます。



少額かつオンラインで広く誰もが利用できるマスサービスは、やはりメガプラットフォーマーが担うでしょう。アップルやLINEなど、毎日高頻度で使う慣れ親しんだサービスからそのまま金融サービスを利用できるようになると利便性は非常に高くなります。前述の「Apple Savings」で言うと、「Apple Card」を保有してれば即時に口座開設ができるという「手軽さ」も預金額が伸びた重要な要素だったと思います。マスサービスは、アップルとゴールドマン・サックスのように巨大プラットフォーマーがブランドとしてサービスを提供して顧客接点を持ちつつ、裏側で大手金融機関が巨大プラットフォーマーのさまざまな要望を支えるような構図になっていくことが予想されます。


対面の「マスサービス」も残る

一方で、マスサービスの中でもオフライン(対面)でのサービス提供が望まれることも依然あると思います。例えば、生命保険の契約などは高額かつ複雑な内容であるため、オンラインで契約できたとしても直接話を聞いて決めたいというニーズは残り続けるでしょう。こうしたサービスは高い専門性が求められるため、オフラインで利用されるマスサービスは、これまで通り金融機関が担い続けると考えられます。



特定ニーズに合ったサービス提供

「Embedded Finance」の登場により、マスサービスだけでなく、特定のニーズがあるユーザーに対してピンポイントで金融サービスを届けることができるようにもなってきました(ニッチサービス)。特に、業界に特化したソフトウェアを提供する企業(バーティカルSaaS企業)が、その業界にマッチした金融サービスを合わせて提供する事例が増えていくことが見込まれます。


例えば、私が所属するFinatextの事例としては、当社の展開するSaaS型デジタル保険システム「Inspire(インスパイア)」に東京海上日動火災保険株式会社様が提供する個人向け火災保険を搭載することで、GA technologies社の投資用不動産マーケットプレイス「RENOSY(リノシー)」のユーザーがオンラインで火災保険に申し込みできるようになり、不動産投資検討から保険手配まで一貫してオンラインで手続きすることが可能となります。


地域金融機関が「裏側」担うケースも

また、ニッチな領域のサービスにおいても、サービスの特性やターゲットによって、前述のようにオンラインで完結を求められるものもあれば、オフライン(対面)が求められるものもあります。業界特化型の中小企業向け融資などがこれに当たります。


アメリカの事例でも、建設業界向けのシステムを提供している会社が、そのデータを活用して融資を提供する事例などが出てきています。建設業界向けのシステムへ融資する場合、金額が大きくリスクも大きくなるため、一度、対面訪問をして審査を行う必要が生じるケースもあります。対面が必要となるサービスについては、大企業向けの融資に比べると金額が少額で、大手金融機関が対応するのは難しいのが現状です。


そのため、地域に根差した地域金融機関がこうしたサービスの裏側に入って、与信・融資を提供していくことになっていくでしょう。


以上、ここまで全6回で、国内外の事例を交えながら、Embedded Financeの概念やその仕組みなどについて解説しました。今後、様々な場面でEmbedded Financeが活用されることで、これまで以上に金融機関が新たな担い手として活躍し、企業や個人の方々の暮らしが便利になる世の中になっていくことを期待しています。(おわり)


株式会社Finatextホールディングス 取締役CFO 伊藤 祐一郎 氏


東京大学経済学部卒業。2010年よりUBSの投資銀行本部においてIPOやグローバルM&Aのアドバイザリー業務に従事。2016年に株式会社Finatext(現・株式会社Finatextホールディングス)に参画しCFOに就任。


◆ ◆ ◆ バックナンバー ◆ ◆ ◆


第1回 顧客体験を創る裏方


第2回 第3の波に直面する金融界


第3回 決済機能でマネタイズ


第4回 提携通じ新金融サービス創出


第5回 保険導入で本業伸ばす

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