「組み込み型金融」最前線 第5回 保険導入で本業伸ばす

2023.08.07 04:50
「組み込み型金融」最前線
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第3回第4回では、「Embedded Finance(組み込み型金融、以下「Embedded Finance」」によって多くの金融サービスが外部パートナーを通じて提供されるようになり、それは金融業界にとって大きな産業構造の変革、いわば「チャネル革命」になるとお伝えしました。また、なぜ新しく金融サービスの提供者となるプレイヤー(ブランド)が「Embedded Finance」を活用するのか。その理由は3つの類型にまとめられており、その理由は「①収益源の取り込みによる、マネタイズモデルの転換」、「②提携による新しい金融サービスの提供」だとお伝えしてきました。


今回、第5回では、「Embedded Finance」を活用する理由「③金融商品を活用した、顧客体験の向上」について詳細な特徴と国内外の事例を紹介していきたいと思います。



顧客体験向上へ「金融」活用


この類型の特徴は、「提供者の本業サービスの顧客体験を向上するために、金融商品を活用する」という点で、ある種、金融サービスの新しい活用方法とも言えます。


例えば、本業サービスが旅行予約サイトの提供だと仮定します。サイトを訪問した利用者の中には、予約しようか悩んだとき「新型コロナウイルスの状況がどうなるかわからないから、キャンセル料が発生するなら予約するのはやめておこう」と、予約自体をやめてしまう利用者も少なくないと思います。しかし、もしもそのタイミングで旅行キャンセル保険を同時に販売することができれば、利用者は「プラス1,000円でキャンセル料を気にしなくてよくなるなら申し込もう」と予約してくれる可能性が高まります(※保険料はあくまで例です)。


旅行予約サイトからすると、保険の販売自体ではそこまで大きな収益を生み出さないかもしれませんが、保険があることによって予約数の増加が期待できます。旅行予約サイトは総予約額の一定比率が売り上げになり、予約数の伸びは売り上げの増加に直結するため、保険を自社サービスへ組み込む価値があると言えます。


このように、保険などの金融商品を本業サービスの顧客体験の向上、ひいては本業の売上高の増加につなげるために活用することができる点が、「Embedded Finance」を活用する理由「③金融商品を活用した、顧客体験の向上」ということです。


事例①(海外):ECプラットフォーム 「Shopify」


連載第3回 決済機能でマネタイズでも登場した海外のShopify(ショッピファイ)ですが、Shopifyは加盟店向けに、配送中の紛失、盗難、破損を補償する配送保険を2022年7月に導入しました。Shopify(通常プラン)、Advanced、Shopify Plusといったサービスではプランのサブスクリプション料金の中に保険サービスがあらかじめ入っているため、ユーザーは追加料金なく保険を活用することができます。


Shopifyが加盟店向けに配送保険を導入した理由として、アメリカでは、10個に1個の荷物が破損して届き、3人に1人が荷物を盗まれた経験を持つなど、配送サービスへの不満が非常に大きいことがあります。そのため、Shopifyで買った商品に破損があることも少なくなく、買い物客は運送業者か加盟店にクレームを入れて交換または返金をしてもらわなければなりません。届いた商品に問題があると、購入者の40%がその店舗から二度と商品を購入しなくなるとも言われており、店舗側に問題がなかったとしても、配送で生じた不快な体験が顧客の離脱を生み出してしまいます。


しかし、Shopifyが配送保険を導入し、補償があることで顧客は安心して買いものができるようになり、購入率が上がりやすくなります。また、加盟店も専門の保険会社に速やかにバトンタッチすることができるため、スピーディーに顧客の対応ができます。問題が起きた際に適切な顧客体験を提供できれば、リピート客の増加にもつながります。


保険をサブスクプランと合わせて提供していることからもわかる通り、Shopifyとしては保険単体で儲けたいわけではなく、総決済額が伸びることによって決済手数料が増加してくれればよいと考えていると思われます。


事例②(日本):予約管理サービス「OMAKASE by GMO」


日本では、私が所属するFinatextグループとGMO OMAKASE株式会社が提供しているレストラン予約のキャンセル料を最大100%補償する「OMAKASEキャンセル保険」が、よい事例だと思います。



GMO OMAKASE株式会社が提供している「OMAKASE byGMO」は、高級レストランのような予約困難な飲食店とお客さまをつなぐ予約サイトです。「OMAKASE byGMO」に加盟している店の多くは、希少で新鮮な食材をおいしくいただけるよう食事提供のタイミングに合わせて食材の入荷〜仕込み・調理をしています。そのキャンセル料はお客さまとしても負担が大きかったのです。お客さまとしてはやむを得ない事情でキャンセルしなくてはならない可能性があり、安心して予約できない状況がありました。そこで、特定の事由発生時にキャンセル料を補償しようと「OMAKASEキャンセル保険」を予約する際の保険としてあらかじめ用意しておくことを開発したのがこの事例です。


第3回から第5回に渡って、サービス提供者(ブランド)の視点から、「Embedded Finance」を活用する理由の類型についてまとめてみました。


足元では、ますます国内外でどんどん新しいユースケースが出てきています。次回は改めて、「最新のEmbedded Financeの活用事例」をお話ししたいと思います。


株式会社Finatextホールディングス 取締役CFO 伊藤 祐一郎 氏


東京大学経済学部卒業。2010年よりUBSの投資銀行本部においてIPOやグローバルM&Aのアドバイザリー業務に従事。2016年に株式会社Finatext(現・株式会社Finatextホールディングス)に参画しCFOに就任。


◆ ◆ ◆ バックナンバー ◆ ◆ ◆


第1回 顧客体験を創る裏方


第2回 第3の波に直面する金融界


第3回 決済機能でマネタイズ


第4回 提携通じ新金融サービス創出

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