「組み込み型金融」最前線 第4回 提携通じ新金融サービス創出

2023.07.03 04:50
「組み込み型金融」最前線
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前回は、「Embedded Finance(組み込み型金融、以下「Embedded Finance」」によって多くの金融サービスが外部パートナーを通じて提供されるようになり、それは金融業界にとって大きな産業構造の変革、いわば「チャネル革命」だとお伝えしました。


また、新しく金融サービスの提供者となるプレイヤー(ブランド)が「Embedded Finance」を活用する理由は3つの類型にまとめられ、その理由のひとつは「①収益源の取り込みによる、マネタイズモデルの転換」、すなわち、自社が提供しているサービスに決済機能を新たに組み込み、その決済手数料を本業サービスの収益源にする新たなマネタイズモデルを築くためだと述べました。


今回、第4回では、「Embedded Finance」を活用する理由「②提携による新しい金融サービスの提供」について詳細な特徴と国内外の様々な事例を紹介していきたいと思います。


ニッチな金融商品の効率販売も可能


この類型の特徴は、「Embedded Financeを活用することで、非金融事業者が金融サービスの最終提供者になるからこそできる金融商品」という点です。


冒頭に、Embedded Financeは「チャネル革命」であると述べましたが、エンドユーザーとより近いプレイヤーが金融サービスを提供するようになることはEmbedded Financeの持ち味だと考えています。これによるメリットは2つで、「① 顧客獲得コスト(CAC)が低くなる」ことと、「② ユーザーデータが豊富にある」ことです。


まず、「① 顧客獲得コスト(CAC)が低くなる」ことについてですが、 金融商品は、契約締結時の本人確認(KYC)や、規約の同意など手続き上のハードルが高いため、契約完了に至る割合が低く、ユーザー契約を獲得するための広告費が高くなる傾向がありました。この多額の広告費を回収する必要があるため、少額/ニッチな金融商品だけを販売して利益を上げることは難しく、結果としてそのような金融商品はあまり積極的に販売されてきませんでした。


しかし大型のプラットフォーマーであれば、既に大規模なユーザーを抱えていることに加えて、既存サービスを通じて顕在化されたニーズにぴったりと合った商品を提供することができます。そのため、これまで販売することが難しかったような少額/ニッチな金融商品も、広告費を掛けずに効率的に販売していくことができます。


代表例は少額の旅行保険


このメリットを享受する代表的な事例としては、海外のAirbnbの利用者専用旅行保険があげられます。Airbnbは2022年8月から、旅行の遅延、旅行中のケガ等があった際の損害を補償する少額の旅行保険をアプリ内で提供開始しました。これはまさにプラットフォーマーとして、大規模な顧客基盤を持ちながら、旅行というコンテキストを明確にとらえて、ピンポイントにそれに関連する保険だけを提供している例です。


日本国内の事例ではZホールディングスがあげられます。「Yahoo!ショッピング」や「PayPayモール」において、「あんしん修理保険」を提供開始しています。2020年の同社の決算説明資料によると、注文者の18%以上がこの保険を利用しており、その利用率の高さには驚かされます。



    出典:Zホールディングス決算説明資料(FY2020Q4)


また、私が所属するFinatextグループも、パートナー企業のセブン銀行が提供するお買い物投資「コレカブ」の取り組みがこの事例に当たると考えています。セブン銀行は口座開設をする時点で本人確認(KYC)が終わっているため、そのデータを連携することで非常にシームレスな口座開設が可能です。セブン銀行口座を連携させて積立投資ができるこのサービスは、非常に利便性が高いです。その上、アプリ内で出題されるミッションを達成することで取引の楽しさを実感させたり、お買い物をした商品のバーコードを読み取ることで銘柄を検索できたりするなど、株取引が生活の一部になるような体験を作り出しています。


これらは、非常に利便性が高いですが、莫大な広告費を投下してしまうと成り立ちにくいビジネスです。セブン銀行のように、既存顧客に対してシームレスにサービス提供できることによって初めて実現できるサービスであると考えています。


豊富な顧客データ使い与信
次に、Embedded Financeにより、エンドユーザーとより近いプレイヤーが金融サービスを提供することで生じる2つ目のメリットとして「ユーザーデータが豊富にある」点があります。これまで金融機関は金融サービスの提供という文脈でしか顧客との接点がなかったため、保有する顧客データは非常に限られていました。


一方で、Embedded Financeにおけるサービス提供者は、金融以外の本業サービスから得られる豊富な顧客データを保有しています。こうしたデータを活用することで、これまで気づかなかった機会を見つけ出して、金融商品を提供できるようになってきているのです。


このメリットでは主に、データを与信に活用しレンディングビジネスを提供するという事例が多くなっています。


代表的な事例としては、海外のToastがあげられます。Toastは、レストラン業界に特化したクラウド業務ソフトウェアを開発している会社で、POSを中心に、受注/在庫管理、勤務管理機能などをレストラン運営者に提供しています。この会社はソフトウェアに溜まったデータを活用して、Toast Capitalというレンディングサービスを提供しています。


レストランなどの中小企業は、急な設備投資への支払い(例えば、空調設備の修理等)が発生した際に、銀行からスピーディーに資金を借り入れて対応することが難しい状況です。銀行側としては、わずかしかない決算資料では十分な審査ができず、リスクが高いと評価せざるを得ないのです。しかし、POS等を提供するToastは、各店舗の詳細な売上データを正確に把握できます。こうしたデータを与信に活用することで、これまで借入が難しかった中小企業にも、融資を提供できるようになっています。


国内でもリクルートが融資媒介へ
日本国内の事例では、リクルートがこれから、この類型のサービスを展開していくことが予想されます。リクルートペイメントは、2022年9月に金融サービス仲介業の登録を行い、同社の「Airレジ」や「Airペイ」等を利用する中小企業向けに融資や預金サービスを媒介していくことを発表しており、Toastと同様のサービスを展開していくことが見込まれます。


以上、新しい金融サービスの提供者(ブランド)が「Embedded Finance」を活用する理由、「類型②提携による新しい金融サービスの提供」についてお話ししました。次回は「類型③金融商品を活用した顧客体験の向上」についてお話ししたいと思います。


株式会社Finatextホールディングス 取締役CFO 伊藤 祐一郎 氏


東京大学経済学部卒業。2010年よりUBSの投資銀行本部においてIPOやグローバルM&Aのアドバイザリー業務に従事。2016年に株式会社Finatext(現・株式会社Finatextホールディングス)に参画しCFOに就任。


◆ ◆ ◆ バックナンバー ◆ ◆ ◆


第1回 顧客体験を創る裏方


第2回 第3の波に直面する金融界


第3回 決済機能でマネタイズ

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