「組み込み型金融」最前線 第1回 顧客体験を創る裏方

2023.04.03 04:50
「組み込み型金融」最前線
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2021年頃から日本でも急速に関心が高まり、現在も注目を集めつづける「Embedded Finance(組込型金融、以下「Embedded Finance」)」。「Embedded Finance」とは、直訳すれば「組み込み金融」で、「金融以外のサービスを提供する事業者が金融サービスを既存サービスに組み込んで金融サービスを提供する」ということです。


テクノロジーの進化により、金融サービスを提供するために必要な基幹システムをAPIベースで提供できるようになったことで、どんな事業者でも低コストで金融サービスを消費者に提供することが可能になりました。


例えば、顧客が「洋服を買いたい」と考えた時、購入の瞬間にそのお店がお金を貸す選択肢を提示し、購入者が簡単にお金を借りて購入資金に充当できるようにするといったようなことができます。


必要な3つの役割


こうした「Embedded Finance」の体験を顧客に提供する裏側には、3つの役割が存在します。



1つ目は「Brand(ブランド)」。金融機能を自社が既に持つサービスに組み込み、最終的に金融サービスを消費者へ提供する役割です。ブランドは顧客が接するUIを開発して、顧客体験全体の中に自然に金融が馴染むようにします。


例えば、メルカリはモノを売って稼いだお金をそのまま使って、新しいモノを買うことができます。ブランドとして決済機能を組み込むことで、持っているモノを手放して新しいモノを手に入れるまでの一連の流れを1つの顧客体験として提供しています。代表的企業は、LINEやメルカリ、Amazon、Apple、Grab、Uberです。


2つ目は「Enabler(イネイブラー)」です。金融機関(ライセンスホルダー)と顧客接点を持つ事業者(ブランド)の間に入り、システムとして両者をつなぐ役割を担います。イネイブラーはAPIプラットフォームを通じて、ブランドへ金融機能をサービスとして提供。それによりブランドは自社でシステム開発をしなくても金融機能を顧客に提供することができます。


例えば、ブランドのUberはUber Cardを提供するにあたって、システムは自社で持たず、Marqetaのシステムを通じてサービス提供を行っています。代表的な企業は、MarqetaやGalileo、Affirm、Synapseです。


3つ目は「License Holder(ライセンスホルダー)」。金融業のライセンスを持ち、金融商品や金融サービスを組成する役割です。サービスとしてライセンスを貸し出すことで、ライセンスを持たない企業(ブランド)でも規制を遵守した形で金融サービスを提供することができます。


例えば、EC向け分割サービスのイネイブラーであるAffirmが提供するローンは、ライセンスホルダーとしてCross River Bankが裏側で組成を行っています。代表的な企業は、Cross River BankやGreen Dot、Goldman Sachs、BBVAです。


各国で異なる競争環境


「Embedded Finance」において必要な3つの役割であるブランド、イネイブラー、ライセンスホルダーを誰がどこまでカバーするかは国ごとに異なります。



「Embedded Finance」が一番最初に始まった中国・東南アジアでは、スーパーアプリ(ブランド)がこの分野をけん引しています。


■中国の動き


主なサービス:アリペイ、WeChat、Grab等


圧倒的なシェアを持つスーパーアプリは、ブランドとして決済/配車サービスから始まり幅広い金融サービスをスーパーアプリ上に組み込むようになりました。


最も成功しているのはアリペイで、既に従来のコア事業である決済ビジネスから得られる手数料よりも、融資・投資・保険ビジネスから得られる収益の方が多くなっているほどです。これらのスーパーアプリは圧倒的な規模を誇っているため、ライセンスホルダーとなる企業を買収したり、既存金融機関と合弁企業を設立してライセンスを取得したり、接続しやすいイネイブラーの機能も自社グループ内で構築したりしています。


■アメリカの動き


アメリカでは中国のスーパーアプリほどの独占的なサービスがないため、大手テック企業、SaaSプロバイダー、大手リテール企業等、様々な企業がブランドの役割を担おうとしています。ブランドとなる事業会社の競争が激しく、早期の市場参入が重要であるため、それを可能にするイネイブラーの存在価値は大きいです。


また、ライセンスホルダーとなる金融機関の数も多く、技術水準も相対的に高いことから、ブランドとのパートナーシップ戦略にいち早く舵を切る企業は、イネイブラーと組んでシェア獲得に取り組んでいます。この結果、アメリカではブランド、イネイブラー、ライセンスホルダーがそれぞれ綺麗に棲み分ける形で役割が分担されています。


■日本や欧州の動き


日本や欧州は、また異なる役割分担となっていて、イネイブラーとなるプレイヤーがライセンスも取得して、APIを構築しブランドへ金融機能を提供する傾向が強いです。


独占的なサービスブランドがない点はアメリカと似ており、イネイブラーの存在は非常に重要です。しかし、ライセンスの取得が相対的に容易であること、ライセンスホルダーとなる金融機関の技術水準がアメリカほどは高くなく、ライセンスホルダーとイネイブラー間の連携に非常に時間とコストがかかることから、イネイブラーがライセンスホルダーの役割まで担ってしまうことが多いです。


また、ブランドとなるリテール企業の技術水準がそこまで高くないケースもあり、イネイブラーが組み込み/フロントサービスの開発等まで一環してサポートする必要があることから、テクノロジー企業がイネイブラーとライセンスホルダー両方の役割を担う形が主流になっていくと考えています。


ここまで「Embedded Finance」についてお話ししましたが、金融サービスの最後の提供者は金融機関ではなく、いつも使っている”何かのサービス”になっていくと思っています。これまでは、金融機関が商品組成及びコンプライアンス遵守からマーケティング及び販売まで全てを垂直統合的に担っていました。これからは、既に大きな顧客基盤を持ちフロントサービスだけを提供するプレイヤーと、その裏でインフラを提供するプレイヤーとの分離が起こり、垂直統合的だった金融業界は、一気に水平統合的に事業構造が転換していくと確信しています。



以上、今後も大きな飛躍が期待される「Embedded Finance」の概要でした。次回は「Embedded Finance」の変遷をお話ししたいと思います。


※次回は5月8日(月)予定です。


 



株式会社Finatextホールディングス 取締役CFO 伊藤 祐一郎 氏


東京大学経済学部卒業。2010年よりUBSの投資銀行本部においてIPOやグローバルM&Aのアドバイザリー業務に従事。2016年に株式会社Finatext(現・株式会社Finatextホールディングス)に参画しCFOに就任。

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