選択を迫られる地銀預かり資産ビジネス

2025.05.13 04:30
特集 経営計画・戦略 資産形成
メール 印刷 Facebook X LINE はてなブックマーク

地方銀行の預かり資産ビジネスが大きな転換期を迎えている。投信販売手数料や信託報酬の低下、地域人口と行員数・店舗数の減少に加え、投信窓販システム費用の高止まりから、ビジネスモデル転換がいよいよ迫られる事態となっている。


ある地銀幹部が、「もはやボランティア」と嘆いており、地銀の預かり資産ビジネスの位置づけを再考する動きが顕著だ。地銀は、地域とともに存在しているが、そのパーパスとは何なのか。


本稿では、ビジネスモデル転換の選択肢を検証した上で、地銀預かり資産ビジネスの方向性について論考したい。


コスト削減か、トップライン増強か


(筆者作成)

まず地銀が預かり資産ビジネスを再考する必要となった背景を検討したい。日本銀行がマイナス金利政策を公表した2016年1月以降、地銀は本業である貸出収益が低迷した。さらに、19年末から新型コロナウイルスのパンデミックにより社会構造は大きく変化。地銀はトップラインが伸び悩む中、来店客数の減少等を理由に店舗の役割を再考し、実質店舗の削減を進める。


この過程で、地銀の行員数は、17年から24年まで約2.4万人も減少した。一方、新型コロナを背景に家計の金融資産に占める預貯金は増加。また、インフレによる資産運用の必要性が高まるとともに、ネット証券が存在感を示していく。預かり資産ビジネスはコモディティ化の波に飲み込まれ、販売手数料も信託報酬も利潤消失に拍車がかかり「儲からないビジネス」となった。


預かり資産ビジネスの収益性の減少を打ち返すため、常連顧客への回転売買体質を助長させることになる。この回転売買を問題視した金融庁は、17年3月に顧客本位の業務運営の原則を公表。7つの原則を公表しプリンシパルベースで顧客本位の取り組みを推進していく。21年の改訂では、顧客が商品比較を行いやすくするように重要情報シートを導入した。


また、仕組債の不適切販売実態に警鐘を行い、販売停止を決める金融機関が相次いだ。外貨建て保険、ファンドラップに対する金融庁の問題意識も発信され、地銀側では対応方針策定に苦慮することになる。その後、ファンドラップについては、顧客が支払う対価に対する付加価値を明確化するべきと仕組債と比べ軟化した印象ではあるが、通常のバランスファンドとのサービスの違いについて説明が必要な状況だ。


地銀は預かり資産ビジネスの業績評価体系を、「収益評価」から「残高比例評価」に移行し、顧客の残高拡大を軸とした運営にかじ取りが変わっていく。かつて「手数料ビジネスの象徴」であった預かり資産ビジネスは様相を変え、「投下資本効率(ROIC)の悪いビジネスの象徴」に変わり果てた。


金利のある世界になり、預貸ビジネスの重要性が増し、預金の粘着性向上に焦点が当たる。収益性を逸した預かり資産ビジネスをどうするか、地銀の悩ましい経営問題となっている。地銀が預かり資産ビジネスからの撤退することは地域への影響が甚大である中で、まさに今、コスト削減か、トップライン増強か、どちらが地域顧客のために有益なのか、大きな論点となっている。


ビジネスモデル転換の選択肢は3つ

地銀が預かり資産ビジネスモデルを転換するための選択肢は、大きく3つあると考える。各選択肢を比較検証し、地域性を考慮して最善と思われる選択をしている。



(筆者作成)

大手証券との包括業務提携

一つは、コスト削減を念頭とした大手証券会社との包括業務提携だ。20年9月に山陰合同銀行が野村證券と提携して以降、全国11地銀がこの選択に至っている。最近では、24年11月に、岩手銀行と大和証券、25年3月に百十四銀行と野村證券が提携を公表した。


本提携は、地銀の証券口座を証券会社に移管するとともに、証券会社から地銀に営業員を出向させ、地銀行員として顧客提案を行う。地銀にとっては、投信窓販システムの費用削減ができ、自行内の人員リソースを貸出等の重点事業へシフトすることが可能だ。証券会社にとっては、地銀名刺を持つことができ、対面の強みから顧客層を広げることが可能だ。


山陰合同銀行は、本提携によりOHR(経費率)が20年3期63.6%から、24年12月55.8%まで改善しており、地銀全体63.7%よりも低い水準となった。一方、一度流出した預かり資産は戻らないというデメリットもあり、地銀と証券会社の文化融合が実現するか、が焦点となる。また、大手証券会社が富裕層中心の営業を打ち出す中、顧客層が一部の富裕層に集中し、資産運用が空洞化する懸念は拭えない。


ポートフォリオ重視型コンサル

トップライン増強を念頭としたコンサルティング機能の強化を目指す戦略もある。具体的にはさらに2つの選択肢に分かれる。


一つは、ポートフォリオ提案ツールの充実、ポートフォリオ重視型のファンドラップの導入である。顧客最善利益の義務化等を背景に、顧客のライフプランに応じた適切なポートフォリオを提案する。


福岡銀行は、「投信のパレット」という独自システムを構築し、数千本の投資信託の比較評価を行い、顧客プロファイルに適合する投資信託を提案する。静岡銀行も25年4月総資産営業ツール「S-Bridge(エスブリッジ)」の導入を公表した。


また、顧客のリスク許容度診断の結果、最適なポートフォリオを一任で受けるファンドラップ(投資一任)や、同プロセスの結果、最適なポートフォリオを提案する「のむ・ラップファンド」が地銀に広がっている。


このような動きは、従来の投資商品販売の付加価値に加え、プラスαの付加価値として、顧客のライフプランやリスク許容度を踏まえることに共通点がある。但し、ポートフォリオ(商品)を販売する点は共通しており、コンサル業務負荷が高いことから富裕層向けのアプローチが鮮明であることに加え、ツール提供の結果、ポートフォリオ(商品)を提案することから、商品売買をしなければ収益との両立が難しい懸念がある。


ゴール伴走型コンサル

もう一つの選択肢は、ゴールベースアプローチによる資産運用プランの設計とプランのカスタマイズを、定期的に行う伴走型営業への転換である。ポートフォリオ付加価値の利潤消失が鮮明となる中、資産運用アドバイス役務に利潤を求めるビジネスモデルだ。顧客の投資目標のヒアリングを踏まえ、ライフプランに紐付いた資産運用プランの設計とゴールまでの伴走フォローを行う。


23年5月に、広島銀行は三井住友DSアセットマネジメントと提携し、「ひろぎんファンドラップ」の提供を開始。マスアフルエント層以上の幅広い顧客層の開拓により、個人取引の深化に繋がっている。24年12月における個人預金純増額では、メガ第一地銀である横浜・千葉・福岡、第二地銀最大手の北洋に続く上位5番手にランクインしている。


ゴールベースアプローチによる資産運用サービスは、ゴール伴走付加価値に力点を置くため、残高に応じたフィービジネスへの転換となり、商品回転売買リスクから解放される。いかに高品質な資産運用アドバイスを提供し続けられるかがカギを握る。足元トランプショックによるパフォーマンス悪化を受け関心が高まるモデルである。


一方で、「モノ売り」から「コト売り」への転換により一時的に収益が落ち込むリスクがあり、営業員の考え方をゴールベースに切り替える教育・研修コストが発生する。また業績評価体系の工夫が必要となることも課題である。


「マスアフルエント層」の老後不安解消へ

地銀とは、地域住民・地域企業のために存在している金融機関である。人口減少を背景に、さまざまな形で外部提携が進む中、あらためて地銀のパーパスが問われている。特に、預かり資産ビジネスは、金利のある世界となり預貸ビジネスが活性化する中で、その位置づけを再考する流れが鮮明だ。これまで預かり資産ビジネスは、収益補完を行う「手数料ビジネス」としての色彩が強かった。


しかし、預金の粘着性が課題となる中、高い金利で攻勢しても粘着性は高まらないことは明らかだ。総預金の70%を占める個人預金を増やすためにも、個人顧客との取引深化・発展させる必要性は高い。インフレを背景に資産運用の重要性が高まる中、より多くの顧客へ資産運用を届ける仕組みは地銀のパーパスに関わる重要論点である。



(出所)金融庁『リスク性金融商品の個人向け販売等の状況に関する定量データ集(2023年度9月期)/年齢層別顧客保有比率』より抜粋

その上で、資産形成層といった若年層はネット証券、富裕層は大手証券が攻勢を強めるレッドオーシャンである中、地銀が対面営業の強みを活かして存在感を示す領域は40歳から60歳の年齢層(マスアフルエント層)と考えている。この層は、大手証券、メガバンク、地銀、ネット証券の全業態で顧客保有比率が低く、攻勢が中途半端な領域であり、収益性が乏しいと推察される。


一方で、老後の不安が顕在化していくこの年齢層は、老後不安解消のための資産運用アドバイス需要が高く、競合が少ないブルーオーシャンと言える領域だ。地銀は、この領域へ資産運用アドバイス役務を提供することで、対面の強みを活かしつつ、収益性の向上と地銀のパーパス実現の2つを整合させることができると考えている。


預かり資産ビジネスを、「手数料ビジネスの象徴」から、「個人取引充実の象徴」に位置づけることが重要だ。地域に住むより多くの顧客へ資産運用を届け、将来不安を取り除くことがまさに地銀のパーパスと言えるのではないか。


日本資産運用基盤株式会社


事業本部執行役員


直井 光太郎 氏(なおい こうたろう)


2010年早稲田大学教育学部卒。みずほ銀行入行。2021年日本資産運用基盤グループに参画。証券会社・運用会社・銀行の課題解決に向けたソリューション開発や提案活動を行う。


 


◇ 過去の連載・寄稿 ◇

バンカーを輝かせる業績評価(22年10月~23年3月)


再考・預かり資産ビジネス(23年8月)


ファンドラップ戦国時代~勝ち残る条件~(24年3月)


原点回帰~預金は信用の証~(24年8月)


資産運用立国2年目の論点② 顧客本位と安定収益、両立できるか(25年1月)

すべての記事は有料会員で!
無料会員に登録いただけますと1ヵ⽉間無料で有料会員向け記事がご覧いただけます。

有料会員の申し込み 無料会員でのご登録
メール 印刷 Facebook X LINE はてなブックマーク

関連キーワード

特集 経営計画・戦略 資産形成

おすすめ

アクセスランキング(過去1週間)