原点回帰~預金は信用の証~
2024.08.19 04:40変化が起きている預金
「金利のある世界」。日本銀行が3月19日の金融政策決定会合においてマイナス金利解除を決定した後、預貯金の重要性が一気に高まっている。この10年間で預貯金の増加額は約400兆円に上る。各金融機関は共通して右肩上がりで増加しており、24年には1471兆円まで拡大した。
しかし、預貯金の伸び率に視点を変えると、見え方は異なってくる。24年の預貯金残高の平均伸び率は3%であるが、それを上回っている金融機関は、都市銀行、信託銀行、ネット銀行の3業態のみであり、一部マイナスとなる金融機関もあった。これは地域金融機関にとって事業存続の生命線となる預貯金が流出していく懸念が増大している。
本稿では預貯金流出懸念を出発点に、これから地域金融機関がとりうる対策について検討したい。
預金流出の懸念要因
一つ目は人口減少を背景とした東京一極集中だ。総務省統計局によれば、23年の全国人口は出生率の低下から59万5000人の減少となった。これは17年連続の人口減少、かつ減少幅は過去最大。人口が増加したのは東京都のみであり、他の道府県は軒並み減少の一途である。23年6月には、山梨県において初めて「人口減少危機突破宣言」が公表された。この東京一極集中により恩恵を受けるのは都銀であり、地方金融機関の立場からすると切実な課題と言える。
二つ目は相続である。総務省統計局によれば、23年における日本における人口割合は65歳以上が29.1%と3人に1人が高齢者だ(75歳以上は16.1%)。また15歳未満の人口が、75歳以上の人口よりも高い都道府県は沖縄県のみであり、少子高齢化が想定よりも早く進行している。相続は高齢者の増加と、東京一極集中の文脈においては、地域金融機関の預貯金が都銀や信託銀に流出することを意味している。
三つ目は、ネット銀の台頭である。ネット銀はスマホアプリやインターネット普及による利便性や手数料の安さを武器に、前年対比17%の伸び率となっており、その存在感を示している。
特にBaaS(Banking as a Service)を利用した一般事業会社の参入が相次いでいる。JR東日本のJRE BANKのように、銀行単独では難しい顧客体験という付加価値を提供することで差別化を図っている。今後も銀行業への参画は金融事業者のみならず、異業種も見込まれ、競争の熾烈さは増している。
預金金利引き上げでは粘着性は低い
日本では過去30年間、預貯金金利は下がり続けた。その結果、金融機関の営業方針も変化をしていく。かねて預金集めが最重要業務とされ、営業員は頭を下げて預金集めに奔走していた。その後、預金金利の低下とともにその重要性が低くなると、相対的に消費性・事業性融資の重要性が高まっていく。この過程で、業績表彰体系から「預金収支」は姿を消した。
さらに16年2月から始まったマイナス金利政策により、日銀当座預金に一定以上の残高を置くとマイナス金利が適用されることから、預貯金量が逆収支を生むという足かせになった。
この状況が3月のマイナス金利解除により激変する。7月31日には日銀が政策金利を0.250%に引き上げることを公表。同時期に3メガバンクは8月から普通預金金利を0.02%から0.1%へ5倍に引き上げる動きを見せ、さらに地域金融機関も追随する動きを見せている。
しかし、金利を上げることが預貯金の粘着性を上げることと直接的には結び付かない。金融機関は横並びで金利を上げることから、そこに差別化要素はないため、防衛策にはなり得ない。預貯金の粘着性を高めるための根本的な対策が必要である。
預貯金は全体1471兆円のうち、個人預金は1117兆円(約75%)と推定される。預貯金防衛には、どうしても個人取引の充実が欠かせないのは明らかだ。個人預金をお願い営業でかき集める時代ではない昨今、地域金融機関は対面営業の強みを活かした新しい事業モデルの構築と、存在意義の再定義が必要である。
「ふやす」サービス設計を再考
地域金融機関は、個人顧客の「かりる」「そなえる」「ふやす」ニーズに対して、様々なラインナップの商品・サービスを提供している。住宅を買いたい顧客には住宅ローンを、公正証書遺言を作成したい顧客には遺言信託を、余資運用をしたい顧客には投資信託やファンドラップのように、顧客ニーズに合わせたサービスを提供している。
注目したいのは「ふやす」のカテゴリーである。「かりる」「そなえる」のカテゴリーは、実経済行動に紐付いたプロダクトを提供している一方、「ふやす」カテゴリーだけは、実経済行動ではなく、「使い道がきまっているお金、使い道がきまっていないお金」という資金の色でプロダクトを紐付けている。
また「使い道がきまっていないお金」に対するプロダクトは多種多様に取り揃えている一方、「使い道がきまっているお金」に対するプロダクトは、短期目線の「普通預金」のみであり、長期目線のプロダクトはほぼ存在していない。「使い道がきまっているお金」とは、長期的には老後資金そのものであり、地域金融機関が長期目線の「資産形成サービス」を提供することができれば、顧客の信頼関係を背景に、預貯金の粘着性は向上する。
この資産形成サービスの設計には押さえるポイントが3つある。
1.老後不安に伴走するサービス
ただ老後不安といっても、その内容は顧客によってさまざまだ。例えば、「老後の生活資金を確保したい」「ご子息や孫へお金を遺してあげたい」「インフレに負けないよう資金寿命を延ばしたい」などが挙げられる。
一方でその共通点は、顧客自身の話ではなく、その家族も含まれる点である。重要なことは顧客の実現したいタイトル(ゴール)と資産運用を明確に紐づけ、その家族とも定期的な接点を確保し、組織として不安解消の伴走者になることである。
つまり、資産形成サービスの目指すべき姿は、顧客の投資目標を参考とするサービスではなく、投資目標に伴走するサービスだ。対面営業の強みを持つ地域金融機関だからこそできるサービスと考えている。
2.フォローアップを約束しているサービス
老後資金は、顧客にとっても時間軸が長い懸案事項である。いかにその時点で付加価値の高い商品を提供しても、その後、ライフプランやマーケット環境の変化によって最適と言えるかは別問題である。金融機関が個人顧客に対してフォローアップを約束するサービスはそれ自体で信頼醸成につながるものであり、伴走者となるための必要条件だ。
新たな資産形成サービスでは、「顧客のライフプランは変わる」「人は非合理な投資行動を行う」を前提としたサービス設計が必要だ。ライフプランを定期的にキャッチし、不合理な投資行動を抑制する継続的なアドバイスを行うことが重要である。
3.自行口座を活用したサービス
金利のある世界となり、顧客の老後不安の伴走者となれたとしても、資金が外部に流出しては元の子もない。これからは様々な商品・サービスは、自行口座を活用し、預貯金を滞留させるサービスが基本となるだろう。
例えば、ファンドラップはこれまで外部の証券口座を活用することが一般的であったが、自行口座を活用したサービス提供が一般的になると推察している。
7月時点で、地銀99行の内、ファンドラップを導入している地銀は45行であるが、自行口座を活用している地銀は6行のみ。その6行とは、23年までにサービス提供した横浜銀行、京葉銀行、七十七銀行、広島銀行に加え、24年以降に提供した(予定含む)、香川銀行(マネックスアセットマネジメント・24年5月開始)、佐賀銀行(三井住友DSアセットマネジメント・25年1月予定)の2行。この流れは、預貯金の粘着性を高める観点からも、今後強まることを想定している。
生命線は長期的な信頼関係
預貯金は顧客からの「信用の証」であり、金融機関にとっては生命線である。テクノロジーの発展により、その在り方は少しずつ変わってきているが、「顧客の信頼に応え続ける」という原点こそ地域金融機関が目指すべき預貯金防衛策である。
今後、地域金融機関が個人の老後資金不安を解消する伴走者として定義されれば、顧客からの長期的な信頼関係をエビデンスに預貯金の粘着性を高め、金融事業の根幹を安定させることにつながる。まさに今、新NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)などの税制優遇施策を背景に、個人向け資産運用ビジネスの領域は広がっていくことが予想される。預貯金の取り巻く環境の変化を踏まえ、各地域金融機関が顧客にとって最良と言える新たな資産形成サービスを提供していくことに期待したい。
株式会社日本資産運用基盤グループ
執行役員兼金融機関コンサルティング部門長 直井 光太郎氏(なおい こうたろう)
2010年早稲田大学教育学部卒。みずほ銀行入行。21年日本資産運用基盤グループに参画。証券会社・運用会社・銀行の課題解決に向けたソリューション開発や提案活動を行う。22年10月~23年3月に『バンカーを輝かせる業績評価(全6回)』、23年8月『再考・預り資産ビジネス(全3回)』、24年3月『ファンドラップ戦国時代~勝ち残る条件~』を寄稿。
◇ 過去の連載・寄稿 ◇
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