広報のきほん。 特別対談(後編)「社外の声を伝える通訳者に」
2024.09.03 04:25連載「広報のきほん」最終回は、前回に続き長沼史宏さんとの特別対談(後編)をお届けします。前編では広報を武器として活用するために必要な心構え、組織のあり方などについて話しました。後半では広報に必要な視点、SNS時代のファンづくりなどの話題に移ります。
■記者がメモを取る情報を逆算する
黒﨑:長沼さんは昨年、著書「先読み広報」を出版されました。報道記事から逆算してメディアの関心を惹きつける話題を作っていく、という他にない広報ノウハウで、大きな話題になりました。逆算の発想、因数分解の考え方。この考え方はいつ頃から発想・実践されていたのですか?
長沼:私も新人時代は、一方的なコミュニケーションでメディアキャラバンを繰り返していた時期がありました。何人の記者に会社のことを説明しても、全然響かない。メモすら取ってもらえない日々が続いていたんです。興味を持ってもらえない、これはなんでなんだろう、と思いながらも答えを出せない時期がありました。
黒﨑:長沼さんにもそんな時期が・・・
長沼:そんな日々が続いていたとき、自社のある製品の売れ行きが急増したことを、〇〇倍などの具体的な数字を使って説明をしてみたんです。そうしたら、数字を提示した途端、急に記者がノートを開きメモを取り始めました。そのときにハッと思ったんです。どんな記事にも必ず「数字」が含まれていることに。さらに、その変化が起きている背景として「法改正」や猛暑などの「気候」のように多くの国民・市民が影響を受ける外的要因と関連付けた話題にすることが重要であると気付いて、実践し始めました。メールを書くときにも、相手が何を求めているかを逆算して考え、「法改正があった」や「サウナブームの影響で商品への問い合わせや販売が急増している」といった旬の話題と絡めた情報を盛り込むと、記者の関心がグッと高まります。
黒﨑:記者が興味を持つ情報から逆算、ですね。
長沼:はい。数字などの情報のほかに、視覚的にインパクトを見せられる「もの」「シーン」も。写真や動きのあるシーンがあると、より大きな報道になります。たとえば説明だけの記者会見にするのではなくて、ロボットやドローンを動かす〝見せ場〟を設けることで、記事の仕上がりにインパクトのある写真や動画が加わり、テキストのみの記事よりも、さらに拡散が期待できます。同じ話題を伝えるにも、広報が工夫できるポイントが結構あるんです。
黒﨑:逆算の考え方に慣れ、活用していくために広報担当が普段からできることはありますか。
長沼:私は毎日7紙の新聞を読んでいるのですが、読む時には「どういうパターンで記事が書かれているか」を自分なりに整理しています。特に紙面は記事の字数が限られていますので、そのスペースの中で情報がどう表現されているのか。タイトルはどうか、構成はどうか。なぜそのタイミングでその記事が出ているのか、について考えることが大切だと思います。
黒﨑:7紙!毎日読むのは、大変ではないですか。
長沼:タイトルと導入部分だけをさっと読むだけでも、報道パターンを学び取ることができますよ。例えば、これから予定されている法改正に関する記事が、どういうタイミングで掲載されるのかを把握するだけでも価値があります。改正の2ヶ月前から記事が出始めることや、大きな話題は1年前から取り上げられることもあります。これをメディアの行動特性として蓄積することが重要です。また、法改正に合わせたタイムリーな製品発表を仕掛けてくる企業もありますので、そうした他社の巧妙な仕掛けに関する報道からの学びも多いです。
■耳の痛い話を社内にフィードバックする
黒﨑:記者と話していると、意外と「余談」の方が刺さったりしますよね。
長沼:はい、自社が打ち出そうとすることよりも、余談で出てくる話のほうがメディアにとっては面白く感じることが実際は多かったりします。広報担当がメディア側の気持ちを汲み取れず、見立てを間違っていることが原因です。なので、広報担当は社外と社内の両方に片足ずつおいて、双方の気持ちを理解する〝通訳者〟として機能できるか?が問われてきますよね。社内の感覚にどっぷりつかってしまうと、〝親ばか〟な気持ちで話題を押し売りする広報活動に陥ります。承認欲求を満たすためのネタでは、メディアから歓迎されません。こうしたことが続くとメディアから相手にされない広報担当者になってしまい、自ずと取り上げられることも少なくなってしまいます。
黒﨑:広報は、社外の目線を忘れずにいないといけませんね。会社の発信が社会の感覚やニーズと大きくズレてしまわないように、注意を払っていかないといけない。
長沼:時には社長や経営陣に対して、〝耳の痛いこと〟を率直に伝えることも、広報の重要な役割です。広報としての経験を活かし、報道機関や機関投資家の声をフィードバックし、アドバイスを行えると理想的です。とはいえ、ほとんどの場合、社内の方が自分の上司や社長に対してダメ出しすることは難しいですから、外部のプロに少し費用を支払って、メディアトレーニングという形で指摘をしてもらうのも一つの手です。
黒﨑:メディアトレーニングは、コストがかかりますので前もって広報計画に組み込んでいくのが良さそうですよね。定期的な実施が必要でしょうか。
長沼:経営陣に対するメディアトレーニングは定期的に行うことをお勧めしますね。特に新しく役員に就任した際には、メディアトレーニングを行なっておき、専門的な話を平易に伝えるスキルを養う機会とするのがよいですね。広報に触れることなく役員に就任する方は少なくないのと、役員になるとメディアに対峙する機会が増えてきます。報道機関の記者は広い範囲で情報を扱うため、取材や会見では、専門用語を使わず、わかりやすく説明するスキルも求められますからね。
また、いざという場での失言を防ぐためにも、社会背景をふまえたリスク広報のトレーニングも必要です。真面目な場面で発した冗談が失言になってしまい炎上するような〝事故〟をよく目にしますが、メディアを前にしての冗談にはリスクしかありません。(ウケても記事にならない、すべったり失言になると大きな報道になるだけなので企業にとって何のメリットもない)そういったズレた感覚の是正をするためにも広報リテラシーのトレーニングは重要なんです。
■SNS時代、生活者とダイレクトな接点を
黒﨑:昨今のメディア環境や社会の変化の中で、広報の役割や求められる期待値は、以前に比べて大きく変わってきているのでしょうか。
長沼:はい、SNSやその他のメディアが普及している中で、広報の仕事も変わってきています。以前は報道を通じた露出がメインで、評価も広告換算が中心でした。それが、今では自分たちからも積極的に発信することが求められています。動画配信プラットフォームも含め、オウンドメディアの運営が広報の重要なミッションになってきています。SNSの運営を通じて、生活者とのダイレクトなタッチポイントを持ち、そこからKPIを拾い上げることができるPDCAサイクルを実現する体制が理想的だと思います。リーチできる層を戦略的に広げるために、従来の「メディア向けの広報」と「オウンドメディアの運営」を両輪として、進めていくことが求められています。
黒﨑:メディアを介した広報と異なり、直接的に発信できるSNSは、気をつけるべきことも多そうです。これからの広報担当の心がけとして、どのような見解を持っていますか?
長沼:メディアによる電子媒体やSNSなどのコミュニケーションツールが発達した時代では、いわゆる〝バズる〟と幅広い層にその話題が一気に拡散していきます。これはポジティブな拡散であれば素晴らしいのですが、ときにはマイナス方向に作用し〝炎上〟を招くことになります。といったように、ちょっとした失言やネット社会から不信感を抱かれるような振る舞いをしてしまうと、たちまち企業の存続を脅かすリスクに発展していってしまいます。つまり、広報活動に対する責任が重くなっていると同時に、広報担当や発信者にはより一層の慎重さも求められていると考えています。なので、企業の経営トップはメディア対応に対するリテラシーを持ち、メディア受けする発言やわかりやすい説明ができることが求められます。
また、最近の傾向として、SDGsに関するコメントが重要視されていますね。例えば、脱炭素、少子化、従業員のウェルビーイングなどの社会課題や働き方について、経営者が積極的に発言できるかどうか? 日々の報道を見ていても、積極的に関与している経営者のインタビュー記事ではSDGsに関する記述があるのですが、全く無い企業も少なくありません。
後者の企業では、社長がインタビューで話していないからなんです。就活に取り組む大学生は企業のSDGsに注目していることが様々な調査で明らかになっていることからも、普通の広報活動の中で、事業やビジネスのことばかりではなく、こうしたSDGsに向けた企業姿勢がインタビューの中で自然に出るようにしておくことが重要です。広報の現場でのアドバイスとしては、記者に聞かれなくても積極的に説明する姿勢が大切なのと、こうした発言が記事に含まれることが重要であることを経営者に進言できるかどうかも広報担当者には問われています。
一方で、TikTokで踊るかどうかなどは各会社や銀行の個性や人格に応じて考えていきましょう。決して悪ふざけする場ではないことも肝に銘じておく必要がありますよね。悪乗りするような行為に写ってしまうと社会の共感には繋がらない。最近は目の肥えた視聴者、そして一部の攻撃的な人たちもいるので、必然性のない振る舞いは炎上を招いたり、時にはSDGsウォッシュとして社会から非難される対象にもなってしまいます。自社のビジネスモデルやパーパスなどに根差した検討を重ねて、自分たちの振る舞いを決めていくことが重要です。
なので最初の一歩としては、公式アカウントを立ち上げ、日々のプレスリリースをシェアするところから始めると良いでしょう。オウンドメディアはスモールスタートで、まず動かすことから始めるだけで、見え方が大きく変わります。継続が大切になってくるので、運営体制を構築する際には、その分野を得意とするフリーランスを活用することも有効です。専門的な見地から、様々な提案も得られると思います。
黒﨑:最後に、広報活動の成果、KPIをどう見ていますか?
長沼:広報チームができると、プレスリリースの本数が増えたり、同時並行で数多くの取材対応も可能になってきます。また、記者会見やメディア勉強会も頻繁に開くことができます。こういう体制になってくると、より戦略的な広報活動が展開できるようになります。広報のKPIは会社や経営者の考え方によって異なりますが、本質的な成果は以下に示した図表のようになります。
私たちの最終的なゴールは「社会や文化の変化」です。これが果たされることで、新たな需要やニーズを喚起してビジネスを拡大させることなどが可能です。ただ、そこまでの大きな成果に至らなくても、どれだけの人たちを振り向かせることができたか?、といった行動変容を捉えていくことが重要です。その指標として、リサーチ会社を使って企業や商品・サービスの認知度を測ってみたり、新規引き合い、採用応募者数、さらには社長の講演依頼数なども考えられますよね。
また最近のKPIとしては、SNSでの反響が重要視されています。例えば、SNSでのいいねの数やインプレッションからも行動変容の兆しを含めて測ることができます。こうした計測は、公式SNSアカウントがあることで拾えることにもなりますので、まずは地味でも良いのでアカウントを立ち上げて発信を始めるとともに、社会の反響を捕捉していくことが大切です。金融機関の場合、守るべきものが多いため、真面目な発信でも問題ないと思います。また、意外と自分たちでは当たり前のことが外部の人にとっては新鮮で面白いこともあるので、社内を客観的な目で冷静に見返しながらネタを探っていく活動も面白いと思いますよ。こういうネタ探しは、社内報の取材と平行して行えば効率的かもしれません。
採用活動も厳しくなるなかでは、企業の風土や考え方を示すPRもますます重要になってきていると思います。働き方改革や多様性に向けた取り組みなども、上手に発信ネタにできているところはうまく使っています。社会にアンテナをたて、報道につながるような新たなアクションを交えながら、自社のファンづくりにつながる広報活動ができると、企業の成長、永続性にも大きく貢献できると思います。
黒﨑:ありがとうございました!
▼長沼史宏(ながぬま・ふみひろ)さん
大手メーカーで10年以上、広報・IR担当としてのキャリアを積んだ後、2015年に新興IT企業のインフォテリア(現アステリア)に入社。21年から執行役員 コミュニケーション本部長。テレワーク、LGBT、FinTechなど旬の話題に絡めたPRを通じて“お茶の間”にリーチする話題づくりで実績を重ねる。最近では、技術の普及・生態系の保全・働き方改革に取り組む各種団体で理事などを務め、社会啓発につながるPR活動も展開中。17年1月に開講した広報勉強会@イフラボでは自らが講師として200回以上の講義を行い、1500人以上の広報担当に、〝お茶の間にリーチする露出戦略から逆算した話題づくり〟の極意を伝えている。23年4月から、東北大学の特任准教授(客員)・コミュニケーションアドバイザーも務める。
▼黒﨑美穂(くろさき・みほ)さん
オリエンタルランドや大手商社系不動産デベロッパーにて経営企画室や広報部に従事。2016年よりフィンテック業界へ転向し、コインチェックなどスタートアップ企業のインハウス広報として広報立上げやメディアコミュニケーションに従事。2018年独立、企業向けの広報コンサルティングを行う株式会社konowa設立。金融業界を中心に60社超の相談実績を持つ。ビジネス経済・金融・IT系他のメディアとのつながりを基盤に、多くの支援先企業でTVや新聞などのメディア報道を実現。
「広報のきほん」全6回、以上となります。
お読みいただき、本当にありがとうございました!
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