広報のきほん。 特別対談(前編)「広報のこれから、聞いてみました」

2024.08.06 04:55
広報のきほん
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本連載(筆者・黒﨑美穂)ではこれまで広報担当の基本的なステップをお話ししてきました。今回は、1500人以上の企業広報担当が集まる勉強会〝イフラボ〟を主宰している広報のプロフェッショナル・長沼史宏さん(アステリア・執行役員コミュニケーション本部長)をお招きし、20年以上にわたる広報キャリアを経て得た視点、そしてこれからの社会に広報が求められる役割についてお話しを伺いました。2回に分けてお届けします。


■広報で差が広がる企業の競争力


黒﨑:今日はお時間をいただきありがとうございます。長沼さんが運営されている広報コミュニティ「イフラボ」では、私もたくさん勉強させていただきました。今回は改めて、「広報のこれから」について、いろいろなお話しを伺えればと思います。


長沼:はい、よろしくお願いします。


黒﨑:最近では、「広報」と言う言葉が広く知られるようになり、大企業だけでなくスタートアップ企業も積極的に取り組むようになってきました。同時に広報人材の不足も目立ってきたように思います。このような、広報を取り巻く状況、長沼さんはどのように感じてらっしゃいますか?


長沼:そもそも日本では、広報に関して長年のキャリアを持っていたり、専門性の高い人材は残念ながらそれほど多くいないんですよね。法務や経理といった分野に比べると、企業の中でもそれほど高度な専門性は問われてこなかった傾向にあります。こうした中で、広報を正しく理解し活用できている企業と、そうでない企業の差が広がっているのが事実だと思います。


黒﨑:確かに部門として独立していなかったり、担当者も総務と兼務、とか、広報の位置付けは各社それぞれですよね。


長沼:そうですね。正しい理解についてもそうです。たとえば、広告と広報を混同していたり、大手経済紙にリークすることが広報の仕事だと勘違いしている場合も多く、本来はどんなメディアも引き付ける報道価値の高い話題を作るスキルが問われる職種なのですが、有名企業であっても記者に対するお作法含めてレベルの低い広報活動に陥っているケースが少なくないと思います。


黒﨑:「広報やらなきゃ!」と、形ばかりが先行してしまい、仕事の本質や役割についてはあまり知られていない、教育もされていないと言うことでしょうか。


長沼:今から100年以上前、世界初のプレスリリースの内容はアメリカでおきた鉄道事故の被害状況を伝えるものでした。広報は、一般市民や業界関係者が知りたい情報を伝えるためのツールであり、企業と社会・業界の橋渡し役であることに現代も変わりありません。自分たちが訴えたいことだけをメディアに報道してもらおう、という誤解が間違いの始まりです。


また、バブル崩壊以降、日本の企業が一気に時価総額トップから陥落した要因の一つに、良いものを作っていれば〝黙っていても報われる〟、という日本的美学があったのではないかと思います。ですが、世界ではかつてのGAFAMをはじめ、新進気鋭のスタートアップは創業当初から〝広報〟を武器として活用し、ビジネスを軌道に乗せることや、今までに無かったような需要の喚起にも成功しています。最近では、ようやく日本でも広報を正しく理解する経営者が増えていて、創業時から広報に注力するスタートアップも散見されるようになりました。


黒﨑:長沼さんのファーストキャリアでも、トップが率先して広報を活用し早い段階から活用し成長している企業ですよね。


長沼:はい、2004年に日本電産グループ(現ニデックグループ)の会社に入社したのですが、経営トップ自ら広報やIR活動を率先して行っていました。当時はそれが日常だったのですが、振り返ると、経営者自身が社会に発信することの重要性を理解していると、広報やIRの仕事がとてもやりやすい環境が作られます。


特に、創業社長が経営トップを務める会社の場合、その傾向が顕著に表れます。なぜなら創業社長は起業時に、資金調達等のために将来ビジョンを銀行、ベンチャーキャピタル、エンジェルなどに訴えてきたわけです。この経験は、広報の仕事とほぼイコールなんですね。


創業社長ではない場合(個人差もありますが)、そうした経験がないために広報の目的やその意義を理解することが難しい。こういう企業では、社内に広報の重要性を啓発するプロセスが必要になり、活発な広報活動を行うまでに少し時間がかかります。



長沼史宏(ながぬま・ふみひろ)さん


大手メーカーで10年以上、広報・IR担当としてのキャリアを積んだ後、2015年に新興IT企業のインフォテリア(現アステリア)に入社。21年から執行役員 コミュニケーション本部長。テレワーク、LGBT、FinTechなど旬の話題に絡めたPRを通じて“お茶の間”にリーチする話題づくりで実績を重ねる。最近では、技術の普及・生態系の保全・働き方改革に取り組む各種団体で理事などを務め、社会啓発につながるPR活動も展開中。17年1月に開講した広報勉強会@イフラボでは自らが講師として200回以上の講義を行い、1500人以上の広報担当に、〝お茶の間にリーチする露出戦略から逆算した話題づくり〟の極意を伝えている。23年4月から、東北大学の特任准教授(客員)・コミュニケーションアドバイザーも務める。


■「1人広報」から「チーム広報」への道のり

黒﨑:広報への理解が進むと、どんどんチームの仕事も増えていき、体制が課題になってきますよね。長沼さんは2015年にITベンチャーのアステリアに入社されましたが、当時の広報チームは1人体制だったのですか?


長沼:そうですね。当時は1人広報でしたが、今は10名程度のチームに成長しました。1人広報の時はリソースが絶対的に足りなくて、外部の手をうまく活用していました。自分は企画やアイデア作りなどの上流の業務に専念し、時間のかかる定型的な作業はアウトソースしていました。


1人広報はワンストップで全てのことを一元的に管理・実行でき機動的な一方で、案件が増えるといっきにリソースがパンクしてしまい機会損失も生まれます。なので、体制を大きくする社内への働きかけにも注力していかなければなりません。



黒﨑:1人広報から卒業するためにはどうしたらいいでしょうか?


長沼:1人広報が一時的なもので終わるようにするためには、広報の価値を社内で高めていくことが重要です。会社が広報に対して投資を行う意識がなければ、規模を拡大することは難しい。私の場合、1年目は1人広報でしたが、2年目には2人に増え広報・IR室が新設。その2年後にコミュニケーション本部が設置され約10名の体制に。3年ほど前に私自身も執行役員に就任しました。


黒﨑:会社の理解を得ながら広報チームを育てていく、理想的ですね!


長沼:当社もそうでしたが、広報活動の結果を地道に積み重ねていくことで、社内における広報チームのステージを高めていくことができます。とは言っても、手当たり次第たくさんのリリースを書いたりするのではなく、確実に報道につながるリリースを企画する。そこから問い合わせ・受注に実を結んだ、などの具体的な成果も出てくれば、さらにリリースを書いたり記者会見を開いたりするべきなのでは、という流れができますよね。


黒﨑:採用がうまく進まなかったり、スタートアップやリソースが限られている場合の考え方など、ありますか?


長沼:リソースが限られている場合には、フリーランスの広報担当の力を借りることが得策です。今は、時間単位でプロフェッショナルな方々をアサインすることができますし、最初の頃はネタが少ないはずなのでまずは短時間からスタートして軌道に乗り始めたらその分量を増やしていきます。また、経験の浅い広報担当には、伴走しながら指導してくれる外部コンサルもおすすめです。法務や経理などに比べて身近に熟練者がいないことも広報職が抱える課題なので、スキル不足などにより手探りな広報活動に陥っている場合には外部の助言者によって解決することが可能です。私自身もそうしたコンサル活動をしていて、全くの初心者広報でも吸収力の高い方はどんどん成果を上げられています。



黒﨑美穂(くろさき・みほ)さん


オリエンタルランドや大手商社系不動産デベロッパーにて経営企画室や広報部に従事。2016年よりフィンテック業界へ転向し、コインチェックなどスタートアップ企業のインハウス広報として広報立上げやメディアコミュニケーションに従事。2018年独立、企業向けの広報コンサルティングを行う株式会社konowa設立。金融業界を中心に60社超の相談実績を持つ。ビジネス経済・金融・IT系他のメディアとのつながりを基盤に、多くの支援先企業でTVや新聞などのメディア報道を実現。


■広報の社内ステータスを上げていく

長沼:広報の成果や、報道のパターンを社内にしっかりと伝えることも重要ですよね。例えば、自社について報道された記事を社内共有する以外にも、競合他社の報道事例や優れた広報活動は自社に置き換えて考えやすいので広報の社内啓発に繋がりやすいです。


また、報道によって得られた反響についても積極的に把握しておきましょう。「記事が出たら問い合わせ件数が急増した」「報道を通じて認知度が高まり売上が伸びた」などの広報のベネフィットが社内に広く知られることで、広報部門のステージを高めていくことが可能になります。


黒崎:広報の成功事例を社内へ共有すること、とても重要に感じます。さらに踏み込んで、話題が生まれやすい企業体質にしていく上で、どのような手法がありますか?


長沼:ビジネスチャットやイントラネット等で広報担当者が重要だと思う記事のURLを逐一共有すると同時に、報道傾向をまとめた資料を1〜2週間ごとに社内で共有しています。報道の起点になることが多いので、法改正の予定や総理の演説内容(所信表明・施政方針・骨太の方針等)もその都度共有しています。また、紹介する報道記事の中では、他社の成功事例も積極的に共有しながら、同時に「プレスリリースにこんな良い写真があったから、記者さんが書きやすかったのかも」「見せ場をこう作るのか」「うちもこんなことできるんじゃないか」などの会話を積極的にしながら、自分たちの経験値にしていければ良いですよね。


黒﨑:広報担当者が、日々の報道やトレンドや論調を理解しておくことは、発信ネタや話題づくりの意味でも、メディアと良好なコミュニケーションをしていく意味でも、大事ですよね。


長沼:自己満足の話題に陥らないためにも、外部のトレンドを感じ取り、そこに合わせていろんな話題を提供することが重要ですよね。特にBtoBや金融業界では、サービスが見えづらいため、どういう話題作りをするか迷う会社が多いです。


メディアの役割は社会事象を伝えることなので、商品そのものを宣伝するのではなく、社会の動きに合わせた話題を提供すること。金融機関で言うと、たとえば、副業が増えている社会背景から事業収入を受け取るための新しい口座開設が増えているといった話題や、地方への移住者の増加に対応するための住宅ローン金利優遇などのキャンペーンなども大きな報道に繋がりやすい旬なテーマです。こうした社会の動きに合わせた話題を提供することで、一般市民からは見えにくい金融サービスであっても、報道を通じてわかりやすく伝えることができます。



出所:イフラボ資料より「メディアが好む旬な話題とは」

黒﨑:広報が社内の情報をキャッチすることの重要性は連載でも触れてきました。組織によって情報のありかや流れ方が異なるとは思うのですが、長沼さんはどう思われますか?


長沼:広報部門は社内で早く情報を手に入れるポジションにいる必要があり、どこに何のデータがあるかを知っておくことが重要ですよね。最初は広報側で仮説を立てつつ、社内ヒアリングをして確認することもあります。実績が上がっていくと広報機能の社内ステータスが高まり、経営会議や事業戦略に関する会議にも出席できるようになります。「広報には早く情報を入れておこう」という環境下で仕事ができると、表立っていない情報を事前に入手できるようになり、入念なネタ作り(仕込み)ができるようになります。


黒﨑:広報の役割を理解して、ステージを上げていくべく、実績を積み上げていくことが大切ですね。


前半はここまで、今回もお読みいただきありがとうございました。


次回は対談後編です。お楽しみに!


◇ 過去の連載 ◇


第1回 ただ情報を流すだけではない


第2回  広報がうまく回らない理由


第3回 記者に選ばれる話題やリリースの作り方


第4回 メディア人脈を厚くするはじめの一歩

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