改革の旗手 未知の壁・総力戦で突破、樋口洋介・住友生命Vitality戦略部担当部長

2023.12.07 04:45
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改革の旗手 樋口洋介・住友生命Vitality戦略部担当部長

金利や価格差が決め手になりやすい金融の世界では、独自性の高い新商品はごくまれにしか登場しない。住友生命保険の健康増進型保険「Vitality」(バイタリティ)は、その数少ない成功例の一つだろう。プロジェクトの立ち上げ当初から実務を担ってきたキーマンに開発秘話を聞いた。


■南アで交渉



バイタリティの世界観を表した銀座のリアルショップで、ディスカバリー社のエイドリアンCEO(左上から4番目)と樋口氏(左下から2番目)
バイタリティの世界観を表した銀座のリアルショップで、ディスカバリー社のエイドリアンCEO(左上から4番目)と樋口氏(左下から2番目)

バイタリティは、保険とセットで加入できる健康プログラムだ。アプリなどを使って、利用者の日々の歩数や心拍数などをポイント化。年間の累計ポイントに応じて決まるステータスは、ゴールド、シルバー、ブロンズ、ブルーの4色で表す。健康増進への取組みを継続すれば保険料が最大3割引になるが、何もしない日々が続くと最大1割増しになることも。運動習慣は生活習慣病のリスクを減らす。保険加入者が健康に暮らしてくれれば、保険会社も支払う保険金が少なくて済むので、「ウィンウィンの仕組み」といえる。


この健康プログラムを開発したのは、南アフリカのディスカバリー社(D社)。「同国最大手の金融会社」だ。同社は各国1社に限定して現地の保険会社と提携し、現在は世界40の国と地域でバイタリティを展開している。最初に存在を知ったのは、2011年春から3年半勤務したロンドン駐在時代。「当時からエッジの効いた商品として有名だった。調査はしたが、『日本でやるのはハードルが高い』というのが率直な感想だった」。


本来は会計畑。渡英も、国際会計基準や国際資本規制の調査・研究が主目的だった。14年秋の帰国後は主計部に籍を置いた。社内でD社との提携構想が持ち上がったのは、ちょうどその頃。語学力を買われ、「先方の調査や初期折衝を手伝ってほしい」という依頼がきた。営業企画部内に推進チームが立ち上がると、「仕事の比重は95%がバイタリティに変わった。主計部の自席はほぼ空席状態になった」。


最初の南ア出張は15年11月。役員2人に同行した。D社との独占交渉権を得るのが目的だった。「こちらの本気度を伝えるため、(当時の)橋本雅博社長のビデオメッセージを携えて乗り込んだ」。D社創業者で、同国屈指の財界人であるエイドリアン・ゴアCEOの第一印象は「誠実かつ真面目な人。数字を大事にする社風で、意思決定もデータドリブンな印象を受けた」。


■イブに祝杯


帰国後に経営陣から正式なゴーサインが出て、電話会議やテレビ会議で折衝を重ねた。両国の時差は約7時間。会議の開始時刻は、南アが午前9時、日本が午後4時。先方がクリスマス休暇に入る直前の12月24日。先方から、独占交渉権の相手を住友生命に決めた旨の電話連絡を受けた。「その時のチーム内の盛り上がりはすごかった。おかげでクリスマスイブに祝杯をあげることができた」。


プロジェクトの初期メンバーは5人。推進チームの発足時に15人程度に増え、販売開始直前には約30人に膨らんだ。ただ、課題は山積だった。商品設計段階では、「(ブルー会員の)保険料が上がるなんて、そんな商品はあり得ない」と戸惑いの声があがった。アプリ開発では、要求水準が高い国内消費者を納得させる完成度を目指し、D社と協議を重ねた。アクチュアリー(保険数理人)は、契約後に保険料が変動する商品の保険料率の算定に挑戦した。前例のない商品ゆえに、社内外の関係者への説明には時間をかけた。各分野のエキスパートが手分けして、そうした難題の解決に当たった。


当時、樋口氏の受け持ちはパートナー企業の開拓だった。健康プログラムの加入者は、保険料とは別に、健康プログラムの利用料として月額880円を支払う(標準プランの場合)。そして、会員はプログラムを通じて健康増進に資するさまざまな特典(リワード)を受けられる。例えば、①毎週の運動目標を達成すると、ドリンクチケット等が必ずもらえる②イオンで野菜や果物を買うと購入金額の最大25%相当のVitalityコインがもらえる③ウェアラブルデバイスを割引価格で購入できる――といった特典などを用意している。


■仲間を開拓


住友生命「Vitality」販売件数


今でこそ、外部から協業の提案を受けることも増え始めたが、当時はバイタリティ発売前の段階。飛び込みや知人のつてを頼って企業のアポを取り、プレゼンを繰り返した。アディダスとの交渉には、欧米流のプレゼンスキルを徹底的に学んでから臨んだ。「コーチはコンサルティング会社の外国人。英文を丸暗記し、身振り手振りも個室で繰り返し練習した」。本番を見守った同期からは「面白いものが見れた」といじられたが、外国人トップがその場で即決し、スポーツ用品の割引特典が実現した。


18年7月のバイタリティ発売時に11社だったパートナー企業数は、現在24社に増えた。通常、保険商品は発売後に内容を変えることは難しい。一方、「健康プログラムはサービス内容の深掘りやレベルアップができる」。だから、共に働く職員には「チャレンジして欲しい」と発破をかけている。「自分が何かやりたいと思っても、(規制の多い)保険の世界ではなかなか難しい。でも、健康プログラムにはもう少し自由度がある」とほほ笑む。


発売から5年強。バイタリティの累計販売件数は160万件を突破した。住友生命の「顔」ともいえるヒット商品に育ったが、発売前は不安だった。当時は金融機関のアプリがまだ珍しく、ガラケー派も残っていた時代だ。「販売時には保険商品に加えて、健康プログラムやアプリなどの説明も必要なため、営業の負担は重かった」と感謝する。


バイタリティ加入者の入院率は非加入者に比べて18%低く、死亡率は43%も低い。「日本の健康寿命を伸ばす」という壮大な目的のため、30年までに会員500万人を目指す。メガバンクや地域銀行との連携も視野に、販売チャネル拡大に向けた検討も進めている。


■記者の目


「先週出張した南アフリカでも走りましたよ」。趣味を聞くと、左右の手首に着けたウェアラブル端末をみせてくれた。当初のアプリ開発時、少しでも多くのデータを集めようとダブル使用を始めたそうだ。義務感から「週間目標の未達は一度もない」というストイックぶりだが、ジョギングは「心身のリフレッシュにも役立っている」という。健康プログラムの充実やアプリの改良に終わりはない。畑違いの新商品に伴走して9年余り。生真面目な長距離ランナーの挑戦は続く。(樋口泰樹)


樋口 洋介(ひぐち・ようすけ)
神奈川県出身。1995年早稲田大卒、95年住友生命入社。2011年ロンドン駐在員事務所調査役、14年主計部部長代理、16年主計部上席部長代理、17年営業企画部上席部長代理、18年Vitality戦略部Vitality企画室長、19年Vitality戦略部次長兼Vitality企画室長、22年Vitality戦略部担当部長。バイタリティに携わることで始めたジョギングは、今では週末のライフワークとなっている。


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