改革の旗手 「遊び心」交え風土改革 みずほFG・秋田夏実CPO兼CCuO
2023.11.09 04:45
みずほフィナンシャルグループ・秋田夏実CPO兼CCuO
前例踏襲や上意下達な組織を脱却し、社員が自律的に行動するフラットな組織へ――。約5万人の従業員が在籍するメガバンクグループで、企業風土改革の旗を振る。外資系IT企業「アドビ」日本法人の副社長から転じ、経験の少ない人事の世界に飛び込んだ。編み出す施策には「遊び心」も織り交ぜ、社員が自然と改革の輪に入りたくなることを意識する。風土は目に見えない資産だが、企業の命運を左右する重要な要素だ。打ち出した施策の効果が着実に表れてきた。
■役員の本気度を現場に
シティバンク銀行やマスターカードで経験を積み、アドビ日本法人の副社長を経て2022年5月に入社した。専門領域は20年を超えるキャリアを持つマーケティングだ。50代に入り、「日本企業の元気がない。培ってきた経験と能力を生かし、活力を取り戻したい」と思いが募った。
人事部門の経験はわずかだが、マーケターの考え方が応用できるという。顧客が製品・サービスを認知し、購入・契約に至る道筋は「カスタマージャーニー」と呼ばれる。これを人事や組織開発の分野に当てはめれば「エンプロイージャーニー」と捉えられるからだ。「入社後こそ勝負」と強調する。社員意識調査に基づくエンゲージメントスコアは25年度まで3年間で14ポイント上げ、インクルージョンスコアも10ポイント増やし、ともに65%に引き上げたい考えだ。
働き方改革は総論賛成・各論反対に陥りやすい。CPO(チーフ・ピープル・オフィサー)として挑んだ最初の難題だった。
まず手がけたのは役員の意識改革だ。専門講師による研修を通じ、「7時間の睡眠確保」「勤務間インターバル」などの必要性に対する納得感を高めた。
工夫を加えたのは研修後に「変えるべき働き方」「やめる業務」など記すコミットメントシートの作成だ。さらに自ら司会役となり役員同士が討論する様子を全社に社内イントラで配信。「各役員から具体的な取り組み内容の言及があり、改革の本気度が伝わった」と手応えを感じる。部店長級にも同様に行い、意欲的な部署は9カ月のコンサルティングにも手挙げ方式で参加。現場への浸透が進む。
■パーパスさえ「もじる」
みずほFGは21年のシステム障害を受け、金融庁から「言うべきことを言わない。言われたことしかしない」と指摘を受けた。その後、発足した有志社員150人のワーキンググループは「カルチャー改革を進める組織とリーダーが必要」と提言していた。木原正裕社長がその役割を託したのが秋田氏で、22年12月にCCuO(チーフ・カルチャー・オフィサー)も兼務する。
ミッションは三つ。パーパス(存在意義)の「ともに挑む。ともに実る。」の浸透、コミュニケーションの深化、ブランド価値の向上だ。
入社後、「コロナの影響で社内の会話が少ない」と映った。「何とかワイワイ、ガヤガヤの雰囲気にできないか」。解決策を思案している最中に出会ったのがユニークな自販機。2人同時に社員証をかざせば好きな飲料が1本ずつ無料で受け取れる。

さっそく23年5月、東京本社に設置した。愛称は「ともに挑む。ともに飲む。」。タッチ後10秒以内に商品ボタンを押さないと購入できない「挑む」要素も盛り込まれている。毎週水曜日限定だが、自販機に行列ができるほどにぎわう。23年7月には社食メニューに「ともに挑む。ともに食べる。」という、「みずほ牛」と、「みずほの輝き(米)」などを使った特別な牛丼なども開発した。「正しいことでも難しい説明だけでは社員の心に響きにくい。カルチャー改革は『遊び心』をまぶして包み込むことが大事」と強調する。
■経営トップと現場行脚

経営と現場の距離を縮める活動にも奔走する。23年4月に木原社長と二人三脚で営業店訪問を始めた。現場で開く座談会はざっくばらんに話し、改善要望や意見を聞く。「素の自分を出し、相手の意見に対してジャッジしないこと」。それがひざ詰め対話のカギと心得る。
現場の声をメモするノートは約半年間で3冊を超えた。「真剣に話を聞かなければ、打つ手は考えられない。マーケターとして当たり前の行動」だという。そんな姿勢に個人的な悩みを打ち明ける社員もいる。全国行脚を通じて「経営のメッセージが意図と異なった形で現場に届いている場合もある」ことにも気づけるという。
みずほFGは20年7月、アルムナイ(卒業生)のネットワークを立ち上げた。秋田氏は活性化させる起爆剤の役割を担った。昔は「退職者は裏切り者」という意識が根強かったが、自身も外資系金融機関に出戻りした経験から潜在的な価値を見抜いていたからだ。今でも交流イベントに積極的に顔を出す。
登録者数は22年度期初に比べ4倍の1200人規模に拡大した。狙いはカムバック採用だけではない。「アルムナイとのポジティブなつながりが現役社員に刺激をもたらす」ことにある。
23年4月、支店での座談会後に社員からかけられた言葉が忘れられない。「秋田さん、大丈夫ですよ。もう既にみんなの変化は始まっているから、そんなに時間はかからないですよ」。改革への素地は形成されつつある。
■記者の目
「秋田“さん”でいいですよ」。インタビュー冒頭に役職名を付け問いかけると、そう返され、自然と心の距離が縮まった。肩書で呼び合う際は時に心の壁を生む。企業風土改革の重点課題は「対話」だ。所属や職位を越えた本音の語り合いがカギを握る。秋田氏は女性管理職や中途採用者、営業店社員以外にも、内定者とも面談を始めた。学生が感じる同社の強みや求める会社像は秋田氏自身と異なる場合が多く、施策のヒントになるという。本質的な変化が起きるのはまだ先だが、柔軟性も備えるリーダーが創り出す新たな企業風土は、次代を担う仲間が自分らしく輝ける土台となる。
秋田 夏実(あきた・なつみ)
山梨県出身。1994年東大卒、ノースウェスタン大ケロッグ経営大学院卒、シティバンク銀行、新生銀行、HSBC、マスターカード、18年アドビ日本法人の副社長などを経て、22年5月みずほフィナンシャルグループ入社、グループ執行役員人事グループ副グループ長・グループCPO、同12月グループCCuO兼務、23年4月執行役。3児の母。同社キャラクターをデザインしたクッキーなどお菓子を社員にサプライズで配ることも。
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