【Keyman/ヒストリー】金融庁・中島長官に聞く〝仕事の流儀〟(後編)

2022.10.04 04:40
金融庁 インタビュー KeymanHistory
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ビジネスの場では、思わぬ事態に遭遇したり、重圧にさらされることも少なくない。そんな時、国内金融のキーマンはどのような姿勢で難局と向き合ってきたのか――。金融庁長官として、金融行政のかじ取り役を担う中島淳一氏に、キャリアの転機となった出来事や、仕事を進めるうえで気を付けていることなどを聞いてみた。ニッキンONLINE創刊1周年企画として、昨日(インタビュー前編)と今日の2回に分けて特別インタビューを掲載します。(聞き手=国定 直雅)


――金融庁は比較的新しい省庁であり、この20年余りで人員が急拡大してきた。今では大所帯となっているが、その組織を率いるうえで大事にしている点は何ですか。


まだ規模が小さい時もそうだったが、(局や課や室などの)組織はどうしても自分の仕事の範囲を決めたがる傾向がある。責任を明確化するという意味では分担は大事だが、その一方で金融の世界は自分の分野だけでなく、全体を見ながら対応する必要がある。上の立場に立つほど、横を見渡しながら業務を回すことが大事だ。そういう意味もあって、週1回は幹部が集まって約1時間のフリーディスカッションをしている。幹部だけでなく、各現場でも横断的な視野を持ってほしいと思っている。



金融庁建物
金融庁

人材の多様性も、金融庁の特徴であり強みだ。金融庁ができた頃は、仕事や定員がどんどん増えていく中で実際の人員確保が追いつかず、民間からの外部採用を大量に行っていた。その影響もあって、現在の人員構成は「大蔵省(現財務省)・財務局」「金融庁(前身の金融監督庁を含む)採用」「民間・他省庁」がそれぞれ約3分の1ずつ。民間出身者は金融機関の実務経験者に加え、公認会計士や弁護士の資格を持つ人も多い。いろんな経験を持つ人たちが同じ役所で働いているメリットを最大限に生かしたい。


――今現在、最も力を入れている政策を教えてください。


(岸田文雄総理が打ち出した)資産所得倍増プランの策定・実現だ。日本の家計の金融資産は、これまでは預貯金の構成比率が高かった。それぞれのライフプランやニーズに応じて、その一部を投資商品に振り向けてもらうための計画となる。


金融庁としての具体的な取り組みは三つ。


一つ目はNISA(少額投資非課税制度)の拡充だ。総理がイニシアチブを取って、抜本的に拡充すると発言されている。ぜひ、2023年度税制改正で実現したい。現在のNISAは時限措置のため、恒久化を要望している。非課税期間についても無期限にして、投資信託や株式などを売却しない限りは非課税となるようにしたい。貯蓄から投資へのシフトを進めるには、まずは成功体験をしてもらうことが大事だ。国としては長期・積み立て・分散投資をおすすめしているので、これから資産を形成していく若い方などには「つみたてNISA」を基本に置いて利用してほしい。その一方で、一定以上の年齢の方は長期の積み立て投資よりも、ある程度まとまった金額を投資商品に振り向けたいというニーズもあるので、「一般NISA」の機能も残したい。非課税で投資できる限度額をいくらにするかも論点の一つだが、金持ち優遇にならないようにとの意見もあるので、国民に幅広く支持される水準について与党税調の場などで議論してもらうことになるだろう。



プラス 金融界10大ニュース 2013 NISA
2013年4月、少額投資非課税制度の愛称が「NISA」に決まった

二つ目は、金融経済教育の充実だ。預金は振り込まれた給与を置いておくだけでいいが、投資にはそこからアクションが必要で、それなりに知識がいる。2022年4月からの高校学習指導要領改訂で金融経済教育の内容が拡充されており、金融庁としても教材を含めて学校教育の現場を支援したい。一般社会人向けの教育は金融関連の業界団体がいろんな場面で行っているが、もう少し金融庁が前面に出る形で教育を進めていく体制を検討している。


三つ目は、投資商品を売っている金融事業者に、顧客本位の業務運営をしてもらうこと。その人の知識や投資経験、投資目的、財産状況などに照らして、ふさわしい商品を勧めているか。単に法令違反でなければいいというわけではなく、(金融庁が示す基本的な考え方を踏まえて金融機関が自主的に行動する)プリンシプルベースの「顧客本位の業務運営に関する原則」を作っている。原則を受け入れた金融機関がそれぞれのベストプラクティスを追求してほしい。


――重圧のかかる場面では、どのような姿勢で仕事に臨んでいますか。


もちろん重圧は感じるが、そもそもすべてが順風満帆でいくとは最初から思っていない。いろんな人の話を真面目に聞いて、金融庁として正しいと思う政策を打ち出すわけだが、一度決めたら一切変えないという考えは全くない。むしろ、金融審や国会審議などの場で出てきた意見や批判に対して誠実に対応している。そういうプロセスを地道にやっていれば、応援してくれる人が必ず出てくる。今回のNISAの抜本的拡充がまさにそうだ。金融庁の税制改正要望はいろんな人の意見を聞いてまとめた。現在、各方面に一生懸命、説明しているところだが、もっと良い案があれば変わっていけばいい。それを重圧と思うか、結構面白いと思うか。できるだけ前向きに考えて、面白く仕事をしたいというのが私のやり方だ。


――ストレス解消法を教えてください。


(出身地でもある神奈川県鎌倉市の自宅で)庭いじりをするのが好きだ。今年の夏は大きな火鉢のような器に睡蓮を入れ、メダカを飼い始めた。今の時期になると萩の花が咲き、キンモクセイが香ってくる。毎朝その庭に出たり、週末は家の周りの散歩をするのがストレス解消法だ。コロナ禍で入れ替わった店も多く、新しい店を探索したりして気分転換している。


――長官は東大工学部卒で、メディアでは「初の理系出身」という枕ことばがつくことも多い。理系出身で得したことはありますか。


長官になってから急に言われるようになった。最近のフィンテックや人工知能(AI)、量子コンピューターなどは、どれも大学時代の専攻に近い分野だ。大量のデータを処理するプログラミングのようなこともしていた。あくまで40年前の話だが、新しい技術のイメージは直感的にわかるような気もする。例えば、ブロックチェーン技術は当時まだなかったが、通信を暗号化するための秘密鍵や公開鍵の理論はあった。


職員の採用に関しては、文系・理系の区別自体に意味があるとは思っていない。自分は理系だが国語が苦手だという意識はないし、役所に入って法律を担当するようになっても法学部出身ではないから不利だともあまり感じない。文系・理系に分ける必要はなくて、いい人がいたら両方採ればいいというスタンスだ。金融庁ができた頃に採用担当をしていたが、多様性を意識して理系や女性の採用を増やした。そこは理系的な発想かもしれないが、確率論的に言ってもすそ野が広い方がいいという思いだった。


ON中島長官インタビュー3中島 淳一(なかじま・じゅんいち)


神奈川県出身、59歳。1985年東京大学工学部卒、大蔵省(現財務省)入省、2018年7月金融庁総合政策局総括審議官、19年7月企画市場局長、20年7月総合政策局長、21年7月金融庁長官。


 

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