入門スタートアップファイナンス 第3回 活性化するベンチャーデットの現在地
2024.12.03 04:25
目次
- ベンチャーデットとは?
- 多様化するプレイヤーと手段
・狭義のベンチャーデット
・広義のベンチャーデット
・スタートアップ向け資金繰り支援サービス - VCと銀行融資の中間に位置するリスク・リターン
- ベンチャーデット活用のフェーズ
スタートアップ育成5か年計画をはじめとする国を挙げてのスタートアップ支援の潮流、エクイティファイナンスの環境の変化、スタートアップの多様化など様々な背景をまとい、今、日本国内のベンチャーデットが活性化している。
ベンチャーデットとは?
ベンチャーデットは、1980年代に米国はシリコンバレーのスタートアップのために開発された資金調達手法で、出資と融資の両方の性格を持つ金融商品である。スタートアップは融資を受けると同時に、新株予約権(ストックオプション、ワラント)を貸し手に付与する手法である。
ベンチャーデットについての解説はニッキンの「ベンチャーデットとは?融資との違いやメリットについて解説!」をご参照されたい。
元来は上記の通り、出資と融資の両方の性格を持つ金融商品のことをベンチャーデットと呼んでいたが、最近ではスタートアップ向けのデット性の資金供給方法を広く「ベンチャーデット」と呼ぶケースもある。さらには厳密にはアセットファイナンスの一種であり厳密にはデットファイナンスに分類されないスタートアップ向けの資金繰り支援サービスも多数登場している。
ここでは、エクイティキッカー(新株予約権など)付きの融資を狭義のベンチャーデット、エクイティキッカーを付けないスタートアップ向けのデットファイナンスを広義のベンチャーデット、さらにはRBF(レベニュー・ベースド・ファイナンス)やファクタリング、BNPL(Buy Now Pay Later/後払いサービス)やBPSP(Business Payment Solution Provider/請求書カード払いサービス等)などをスタートアップ向け資金繰り支援サービスとして整理する。

多様化するプレイヤーと手段
日本国内でスタートアップ向けにデット性の資金供給やアセットを活用した資金繰りサービスを提供する事業者のカオスマップを作成した。
2024年スタートアップデット カオスマップ

狭義のベンチャーデット
エクイティキッカーありの狭義のベンチャーデットをベースとしつつ、エクイティキッカーなしの融資も提供できるプレイヤーを上図においては「ベンチャーデット(エクイティキッカーあり・なし)」と表記した。
狭義のベンチャーデットは、国内ベンチャーデットの先駆者であるあおぞら企業投資、静岡銀行を筆頭に、みずほキャピタル、三井住友銀行、りそな銀行、SBI新生銀行、横浜銀行、東京スター銀行、名古屋銀行、山梨中央銀行、JA三井リースなどによって実行されてきた。
日本政策金融公庫の新株予約権付融資は2007年にその運用を開始したが、2022年にスタートアップ支援資金の創設とともに限度額が2.5億円から14.4億円に拡充され、さらには2024年2月に20億円へと拡充され、民間金融機関の資金の呼び水となっている。
主に上場企業への貸付ファンドのオンラインマーケットを展開するFundsが未上場のミドル〜レイターのスタートアップ向けのベンチャーデットファンド『Funds Venture Debt Fund』を立ち上げ、三井住友信託銀行・福岡銀行・池田泉州銀行・岩手銀行がLP出資者として参画した。
同ファンドは「金融機関共同研究型ベンチャーデットファンド」を標榜しており、ファンドへのLP出資者をベンチャーデットへのさらなる参入を志向する金融機関で構成され、ベンチャーデットに関する知見・ノウハウ・共同投融資機会等を提供することを目指している。
オンラインで私募社債が発行できるプラットフォーム「Siiibo」を運営するSiiibo証券もベンチャーデットの担い手だ。プレーンな私募社債の他、新株予約権付社債(転換社債)も取り扱っている。
2024年11月、ベンチャーデットの先駆者の一社であるあおぞら企業投資からの資金調達と事業連携を発表した。今後の動向が注目される。
日本初のスタートアップ向け独立系デットファンドのSDFキャピタルは2022年5月から活動を開始し、発表されているだけでも10社以上に融資を実行または社債を引き受けしている。
運用総額は約62億円にのぼり、これまで大阪商工信用金庫、紀陽銀行、地域経済活性化支援機構、肥後銀行、福岡銀行などがLP投資家として参画している。
広義のベンチャーデット
エクイティキッカーなしの広義のベンチャーデットには、大和ブルーフィナンシャル、Flex Capitalを提供するFivotなどがある。
法人カードのUPSIDERとみずほ銀行によるUPSIDER BLUE DREAM Fundは、100億円規模で2023年12月にリリースされ、UPSIDERがカード事業で培ったAIを活用した与信モデルによりスピーディーに融資判断を行うことが特徴で、2024年9月末時点で約80億円の融資実績を積み重ねている。
ベンチャーデットに分類されるかは不明だが さておき、スタートアップへの出資を実行する銀行を母体としたコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)と、銀行本体が連携して積極的にスタートアップを支援している好例として、北國銀行が注目されている。
北國銀行のCVCであるQRイベンストメントと連携して、銀行本体としてもスタートアップに対して積極的に融資を実行し、支援実績を重ねている。
スタートアップ向け資金繰り支援サービス
広義のベンチャーデット同様に、銀行融資とは異なる与信モデルでスタートアップの資金繰りを支援するファイナンスサービス提供者として、RBF(Revenue Based Finance)の提供するYoii、広告費分割・後払サービス「AD YELL」を提供するバンカブル、出資債権等の早期現金化サービス「マネーフォワード トランザクションファイナンス for Startups」を提供するマネーフォワードケッサイなどがある。
その他にもマイナビやラクーンHD、ROBOT PAYMENTなども新たな資金繰りサービスの提供を開始している。今後も多様な資金繰りサービスが登場するものと期待される。
VCと銀行融資の中間に位置するリスク・リターン
エクイティファイナンスにおいては元金の返済が不要ではある。しかし、投資家からは当然に相応のリターンが期待される。独立系のベンチャーキャピタル(VC)が投資先スタートアップに期待するリターンは、一般的に20〜30%と言われている。
一方、民間金融機関のプロパー融資の金利は、融資先企業の信用力や業績、担保の有無、返済期間、市場金利の動向など、様々な要因によって変動するが、スタートアップの場合、一般的にはTIBORに1〜4%が上乗せした1〜5%の範囲内で設定されることが多いと推測される。
ベンチャーデットは、まさにエクイティ・ファイナンスと銀行融資の中間のリスク・リターンで資金を供給する金融手法である。

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ベンチャーデット活用のフェーズ
狭義のベンチャーデットのプロバイダーは、ミドル〜レイターステージを主戦場とする。
一方、ミドル〜レイターよりも少し早いステージのスタートアップへのベンチャーデットを供給すべく、総額100億円のデットファンドを設立したのがりそな銀行だ。2023年10月よりベンチャーデットの取り扱いを始め、4社に対して融資実行した。

日本政策金融公庫国民生活事業による新規開業資金や信用保証協会の保証付き融資によって助走をつけて、いよいよ売上が立ち始めた時期であっても、アーリー期は先行投資によってまだまだ連続赤字や債務超過であることが多い。その場合、前期決算書による格付けをスタートラインとする伝統的な銀行融資では融資が難しいケースが多い。
そのような早いフェーズのスタートアップに対しても、RBF等のスタートアップ向け資金繰りサービスや広義のベンチャーデットは、スタートアップのデータを取得し、独自の審査モデルで資金供給する。データ活用により与信コストを削減し、アーリーステージの、ミドル以降に比べれば大きくない資金ニーズにも対応できる。
特にFivotのFlex CapitalやYoii、バンカブルなどは、スタートアップが持つ様々なデータを取得し、迅速に審査結果を提示する。時間が命のスタートアップにとっては強い味方だ。
多様化し、活性化するベンチャーデットの現在地は「先駆者による答え合わせが済んでいない中、担い手が増えている」という状況だ。だが、各ベンチャーデットの提供者に確認すると、各社いずれも引き合いは絶えず増え続けている様子である。筆者の肌感覚でも、スタートアップ・起業家側の認知も確実に高まっている。ベンチャーデットが成長スタートアップにとって欠かすことのできない存在になっていることは間違いない。
次回、第4回は地域の中小企業とスタートアップ企業の現場で使われる用語の違いについて解説する。
株式会社INQ代表取締役CEO 若林哲平(わかばやし てっぺい)氏
1980年東京都清瀬市生まれ、神奈川県相模原市出身、青山学院大学経営学部卒、 スタートアップの融資支援の株式会社INQ代表取締役CEO。VC・エンジェル投資家、起業家からのスタートアップをご紹介頂き、融資による資金調達を累計1,000件超80億円以上支援。東京都ASAC・NEXs TOKYOなどの自治体のアクセラレーションプログラムのメンターの他、複数のスタートアップの社外CFOを務める。 趣味は音楽とお弁当づくり。4児の父
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