【実像】日銀、「難路」横たわる襷リレー(下)胆力問われる政治との距離感

2023.04.13 04:50
金融政策 日本銀行
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就任会見に臨む日銀の植田総裁(4月10日、本店)
就任会見に臨む日銀の植田総裁(4月10日、本店)

イールドカーブ・コントロール(YCC)、マイナス金利、ETF(上場投資信託)の大量購入――。異次元かつ異例な金融緩和策を相次ぎ発動した黒田東彦前総裁から「襷」を受け取り、4月9日に就任した植田和男・日本銀行総裁。国会の所信表明や就任会見で「緩和姿勢の継続」を訴えつつ、市場機能の著しい低下など副作用に対する憂慮の念を隠さない。一方、国内物価は「デフレではない状況」に突入し、賃上げ機運は強まる。持続・安定的な「2%」超えが視野に入り、将来的な「出口」がちらつくも、日銀頼みの財政運営といった「政治」の関門が立ちはだかる。


長期金利早期「手放し」



副作用の深刻度合いに照らしながら、順に手を施していく――。「植田日銀」の初動に注目が集まるなか、多くの市場関係者はYCCの対応を”第一手”とみる。


従来の「短期金利」の操作に加え、「中央銀行でもコントロールできない」ことが金融界の共通認識だった「長期金利」を支配下に置き、その水準感を明示する「非伝統的」政策。金利が上限を超えようとする場面では無制限に国債を買い入れて人為・強硬的に抑え込み、市場機能へ大きな歪みや弊害を生んだ。「中銀が示した長期金利の水準がなぜ適切といえるのか経済学的に説明がつかない」(東短リサーチの加藤出氏)と対話の障壁にもなり、長期金利「手放し」が第一関門とみられる。


植田総裁は就任会見でYCCの継続を訴える。「枠組みの修正や撤廃をマーケットへ事前に織り込ますことができない構造。新総裁自身もその特性をよく理解している」(三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩氏)と早期の見直し観測は残り、新体制発足から間を置かない6月までに行動するとの見方は根強い。プラスマイナス0.5%程度とする長期金利の「許容変動幅」のさらなる拡大により、金利上昇局面でも実勢の金利がつくような制度の「骨抜き」や、枠組み自体の「撤廃」をにらむ。「緩和スタンスは変えていないため、過度に金利が上昇しないように国債買い入れの”量”を調整しつつ、”金利”の水準は市場に委ねる方向にもっていく」(市場関係者)。


「2%」までマイナス金利


7年超の長きに及ぶマイナス金利政策も、金融機関の資金運用利益の継続的な押し下げなど副作用が目立つ。ただ、新体制は「現在の強力な金融緩和のベースになっている政策。基調的なインフレ率が2%に達していないという判断のもとでは継続するのが適当」(植田総裁)と言い切る。


背景には、「短期金利」の操作を主軸にイールドカーブ全体を誘導する「伝統的金融政策」への回帰スタンスがにじむ。2%物価安定目標の達成を積年の課題として、その「総仕上げ」を目指すなか、未達の間は”非伝統的”な「マイナス金利」と、「フォワードガイダンス」で超低金利環境を粘り強く継続する。


一方、2%達成後は「早い段階で短期金利をプラス圏にもっていき、そこでアンカーさせる」(大手総研アナリスト)。金融政策は本来、「グラジュアリズム(漸進主義)で短期金利を少しずつ動かし、その結果や反応を見ながら次の行動を考える。半面、ショックが起きたとき大きく金利を動かして経済を下支えする」(オフィス金融経済イニシアティブの山本謙三氏)と、政策運営の自由度や柔軟性を高める利下げ余地の確保が透ける。


伝統的金融政策への回帰は市場とのコミュニケーションがより重要になる。大規模金融緩和の検証などを通じて「市場に可能な限りサプライズを与えないよう、正常化や出口に向けたグランドデザインを事前に示していく」(大和総研の長内智氏)といった見立てもある。新総裁自身も「大きな問題」と指摘する保有ETFを含め、対応手順を打ち出す可能性が高い。


財政規律のタガ外れる


日銀が本格的に「出口」へ足を踏み込む局面では、政治との距離感がカギとなる。金融政策だけでは経済成長率を持続的に上げることが難しい。設備投資を活発化させ、企業の生産性を引き上げる政府の施策は不可欠。金融緩和効果を強めるうえでもさらなる協調が求められている。



一方、YCCなど異次元緩和による日銀の国債大量購入で財政規律のタガは外れつつある。普通国債発行残高は、2021年度末で1000兆円の水準に達し、その7割を特例(赤字)国債が占める。


金融政策を企画・立案する企画局に在籍した経験のある元幹部は「金利の上昇が少しでも目立つと、日銀による国債購入を促す政治家からのプレッシャーがすごかった」と振り返る。他の先進国と比べて大きく損なわれた「規律」を踏まえ、「外圧に耐えながら政治に対する”けじめ”をつけて国債市場の機能を復元させることが新総裁の最も重要な役割」と主張する。


中央銀行デジタル通貨の実証実験や気候変動対応――。中銀としての役割は年々、重みを増し、守備範囲は広がる。ただ、「より良いマーケット作りへ、民間金融機関とともに走る姿勢は今も昔も変わらない」(日銀OB)。副作用にくすみながらも「伝統」に染まる襷が第32代日銀総裁の肩にかかった。

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