バンカーを輝かせる業績評価 第5回 ゴールベースアプローチに学ぶ

2023.02.06 04:50
バンカーを輝かせる業績評価
メール 印刷 Facebook X LINE はてなブックマーク

前回の寄稿において、銀行には「点の営業」から「線の営業」を促す仕掛け作りと銀行員を動かす適切な動機付けが必要だと述べました。今回は、その解決手段の一つと考えられる「ゴールベースアプローチ」をご紹介します。


昨今、日本においても「ゴールベースアプローチ」という言葉を耳にする機会が増えました。その方式は、コミッションからフィービジネスへの転換を加速させる目的から、ゴールベースアプローチと相性の良いファンドラップ形式でのサービス提供が一般的です。NRI吉永氏のレポートによると、アメリカの大手対面販売会社に占める預り資産の40%超がゴールベースアプローチ型のファンドラップとなるまで成長している研究結果があります。


日本においても成長が期待されるゴールべースアプローチとはどのような手法なのでしょうか。


「商品」から「ゴール」へ



 まず冒頭に、プロダクトアウトアプローチとは、具体的には投資信託などのリスク性金融商品の販売を指します。「これからはESG関連投資が成長します」のように投資対象の魅力に顧客を惹きつけることが重要になり、商品の詳細説明・販売を実施します。アフターフォローは、運用報告書による評価金額の「上がった・下がった」が中心となります。相場下降局面では、見通しの明るい商品への乗り換え勧誘を実施します。


一方、ゴールベースアプローチでは、最初に個別商品の提案は実施しません。全ては顧客の運用目標(ゴール)を捉えることから始まります。このゴールとは、「老後に安定した生活を送りたい」という抽象的なものではなく、可能な限り具体的に設定します。例えば、「65歳以降は、最低でも1か月40万円は使いたい」、「子供には有名私立大学に入学して欲しい。月10万円の仕送りを含めて4年間の学費を用意したい」といった内容です。その後、顧客に対してゴール達成に資する運用プランの提案を実施し、顧客から応諾を得られれば運用開始になります。


アフターフォローは、運用報告書による評価報告のみならず、当該プランの進捗確認が中心です。相場下降局面では、乗り換え勧誘ではなく、当該プランの進捗率を改善させるアクションをアドバイスします。具体的には、運用リスクのレベルを上げる、積立金額を増やす、ゴール時期を遅らせる、(複数のゴールがある場合)ゴールの優先度を上げる等が挙げられますが、これらは顧客との継続的な対話により決定します。


根本的に異なる2つのアプローチ手法ではありますが、重要なポイントは、ゴールベースアプローチの対象は、「顧客」ではなく、「顧客のゴール」に対するものという点です。商品ありきではなく、顧客の「ゴール(=必要性)」を遡及するため納得感が高いものになります。顧客が保有する投資信託、保険、不動産、株式などの全資産を把握し、それらを踏まえた、具体的なポートフォリオを提案する手法はゴールベースアプローチではなく、プロダクトアウトアプローチと私は考えています。その把握の先には、「遺言信託」「仕組債」「商品化したファンドラップ」につながっているからです(なお、与信先ですら全資産を開示頂けることは極力稀です)。


ゴールベースアプローチは、あくまでも顧客のゴールを特定して、その実現時期から逆算したプランの構築と、継続的なアフターフォローを通じたプランのカスタマイズにあります。ファンドラップとは投資一任契約を指しますが、その契約内容の自由度は高く、どのようなサービスとするかは契約次第です。「商品化したファンドラップ」とは、投資信託のレベルアップ版でしかなく、既にキャッシュバックキャンペーンの対象になるなど、コモディディ化が進んでいることは否めません。忘れてはならないのは、運用期間中に「変わるもの」は、相場だけではなく、顧客の意向(家族構成含む)です。その顧客の意向をくみ取るためのゴールベースアプローチが銀行や銀行員には必要と確信しています。


残高比例評価とやりがい


プロダクトアウトアプローチの世界では、銀行の業績評価は、「いかに稼いだか」「いかに残高を伸ばしたか」の2つです。しかし、これらは業績評価ゲームとしては理解できる一方、銀行員のやりがいとは結び付きません。なぜならば、中長期的な顧客のゴール達成時の感謝の声を聴くという根源的な銀行員の欲求を満たせていないからです(転勤は避けられません)。


昨今、収益評価を廃止し、残高比例評価に移行する銀行が増えています。これは金融庁の顧客本位の業務運営等に関する原則を踏まえた対策の一環と理解しています。しかし、この評価変更により、銀行員のアクションは自ずと「解約されづらい無難な商品を販売する(=銀行からすると収益性が低い)」ことになります。そもそも、この評価変更によって、銀行員が「収益で詰められないからラッキー」と感じている銀行員を聞いたことがありません。むしろ、収益を追ってきた銀行員としては複雑な心境でしょう。


まさに今、銀行には、顧客のゴールに寄り添い、伴走するコンサルティング営業を促すサービスが必要です。顧客からの信頼関係の醸成が、顧客から2つ目、3つ目のゴールを預かれる関係を生み、それが結果として残高拡大とフィーを伸ばす。これがまさに顧客のゴール達成に伴走したいという銀行員のやりがいに直結します。さらに、継続的なアフターフォローにより、オンタイムで顧客が求める商品提供を行うことも可能になり、収益機会の増加に繋がります。ゴールベースアプローチラップはまさに残高の拡大が、収益の拡大に繋がるため、従業員に対する適切な動機付けに有効と考えられます。


銀行が抱える投信販売の3つの課題


ゴールベースアプローチは銀行員のやりがいを遡及するに留まらず、銀行に新しいベースフィーを獲得できるチャンスを作ります。一任契約期間中は、残高に応じたフィー(投資一任契約締結の媒介手数料等)が計上されるためです。また、顧客との信頼関係をベースにしているため、相場に左右されづらい特徴もあります。一方で、各銀行の本部セクションと会話をさせて頂いておりますが、以下のような反応を頂くことが多くあります。それは「ゴールベースアプローチは必要と理解出来るが、銀行員の教育・研修と投資信託ラインナップの充実で対応出来そうだ」ということです。


一方、私は既存の銀行サービスでは困難だろうと考えています。理由は3つの課題があるためです。
課題① 顧客のゴールから逆算したプラン構築自体の難易度が高い点(営業員能力に依存)
課題② 銀行には定期的な転勤があり、引継が十分なされずゴールはウヤムヤになってしまう点
課題③ 投資信託の約款には、顧客毎のフォロー周期を記述するものは無く、ゴールベースによるアフターフォローはボランティア化してしまう点


銀行が顧客にゴールベースアプローチを実践するためには、私は、課題①②については、プラン構築の品質平準化と転勤時にゴールを繋いでいくアドバイスツールが必要と考えます。また、課題③はボランティア化を避けるため、投資信託スキームではなく投資一任スキーム(=ファンドラップ)の構築が必要と考えます。


私は、銀行の現場が一部の顧客に対してのみしかアプローチ出来ていないことに問題意識を持っています。これまでの評価体系とやり方では、毎期同じ顔触れの顧客に提案することから抜けられません(回転売買)。銀行が高いレベルの資産運用サービスを展開・継続するためには、「金持ち」を相手にする戦略に留まらず、ゴールベースアプローチによる新しい顧客層の取り込みが必要と考えています。


NISA恒久化、iDeCo拡充を背景に、資産運用に関する関心は高まっています。貯蓄から資産形成という社会課題、銀行のベース収益の安定化、銀行員のやりがいと業績評価をどのように関連付けて推進するか、ゴールベースアプローチはその一つの解になるでしょう。


※次回は3月6日(月)予定です。


◆◆◆バックナンバー◆◆◆


第1回「金融庁レポートの意味」はこちら


第2回「改革という名の逆風」はこちら


第3回「退職者が止まらない」はこちら


第4回「リスク性商品販売の疲弊」はこちら



日本資産運用基盤グループ 金融機関コンサルティング部長 直井 光太郎 氏


2010年早稲田大学教育学部卒。みずほ銀行入行。法人RMとして、主に大企業から中堅・中小企業への事業資金支援や、事業承継や組織再編支援、企業再生支援を行う。また企業オーナーへの資産運用提案や資産承継提案など、法人個人問わず、幅広い顧客ニーズに向き合い、行内表彰も数多く受賞。


21年日本資産運用基盤グループに参画。銀行や証券、運用会社の課題解決に向けたソリューション開発や提案活動を行う。

すべての記事は有料会員で!
無料会員に登録いただけますと1ヵ⽉間無料で有料会員向け記事がご覧いただけます。

有料会員の申し込み 無料会員でのご登録
メール 印刷 Facebook X LINE はてなブックマーク

関連キーワード

バンカーを輝かせる業績評価

おすすめ

アクセスランキング(過去1週間)