バンカーを輝かせる業績評価 第4回 リスク性商品販売の疲弊
2023.01.04 04:50岸田内閣の資産所得倍増計画を背景に、NISA枠の拡大・恒久化、iDeCoの加入年齢引き上げ等について議論がなされており、一つ一つ方向感が示されています。いずれも税制メリットが享受できるため、「貯蓄から資産形成」を促す施策として有効と考えられます。2023年は銀行にとって、これら施策を睨みつつ、リテールビジネスの在り方について再考させられる1年になるでしょう。
一方、私はこれらの施策は「貯蓄から資産形成」を促すための材料であり特効薬ではないと考えます。これを抜本的に解決するためには、顧客満足度の向上にのみ焦点を当てた各施策の展開ではなく、リスク性金融商品を顧客に届ける銀行員の満足度向上の観点を忘れてはなりません。
疲弊する背景とは
銀行が取り扱う投資信託や保険などのリスク性金融商品は、「資産を増やす」「備える・遺す」という顧客ニーズに応える商品です。各銀行では、顧客の知識、経験、財産の状況、資金の性質、投資目的といった適合性の原則を踏まえ、個人のライフプランに基づく総合コンサルティングの一環として、これら商品の販売を行っています。また、各銀行は「顧客本位の業務運営等に関する原則」を踏まえた対応方針を公表するとともに、業績評価を収益評価から残高比例評価に変更するなど、地域や顧客、マーケット等の特性を踏まえたリテールビジネス戦略を構築しています。
今回のテーマである「疲弊」とは、業績評価に基づく収益や残高の目標達成のために、銀行員が日々奮闘した結果の疲弊ではありません。自身の収益や残高目標を到達することが目的化してしまい、顧客のライフプラン実現に伴走し、貢献したいという銀行員の根源的な欲求とのギャップが生む「疲弊」です。銀行員の多くは、懐疑心とジレンマを抱えつつ日々の業務に臨んでいます。
自分の提案はお客様のためになっているのか。
リスク性金融商品を購入してくれる顧客がなぜ広がらないのか。
その答えはシンプルです。それは、顧客が「欲しくもないし、必要性も感じていない」からです。正確に申し上げると、必要性を理解していないため購入にも慎重になります。ゴルフを趣味にされている方が、新シリーズのゴルフセットを購入するのは、「欲しい(レベル:高い)」「必要だ(レベル:普通)」というゾーンにいるためです。また、洗濯機が破損した場合、「欲しい(レベル:低い)」「必要だ(レベル:高い)」というゾーンにいるため顧客は購入を選択します。
リスク性金融商品の販売が難しいのは、多くの顧客が「欲しい」「必要だ」のレベルが低いゾーンにいるためです。マトリクスからご確認頂ける通り、リスク性金融商品を販売するという行為はそもそも難易度が高いことになります。
欲しくも必要もない商品のプッシュ
銀行員は業績評価を行動軸にしていますので、収益や残高目標を到達するために販売をしなくてはなりません。そこで銀行員は顧客の「欲しい」を遡及するため、使い古したお決まりワードをたびたび登場させます。
「預金に置いていても増えませんよ。この投資信託や保険であれば預金の⚫⚫倍も金利がつきますよ!」
「今は⚫⚫関連の投資信託(テーマ型投信)が売れ行きですので検討しませんか?」
投信については、「お金が増える」蓋然性を語り、顧客の「欲しい」レベルを上げる試みを行います。そこに「必要だ」の議論は、ないがしろになりがちです。これらのワードを使うと、顧客は、「商品売り込んでいるな」と銀行員は本音を見透かされてしまいます。顧客は金融商品のプロではありませんし、必要性を感じていない場合において、銀行員から良くわからない商品の話を延々とされても理解出来ないのです。
その結果、顧客は「より販売手数料や信託報酬が安い投信を買うから今回はいらない」「他社でもっと良い投信があった」「嫁に怒られるから買えない」という定型化した断り文句を話し、クロージングに至らないケースが多くあります。それはシンプルに、顧客が必要性を感じていないのです。
そのような中、販売ノルマを持った銀行員は、「欲しくもないし、必要性も感じていない」投信を、「お願い営業」でクロージングを目指します。「お願い営業」を毎期繰り返していると、「自分の提案は顧客のためになっているのか」「数字のために行っていないか」と懐疑的になるのは当然です。
「お金を増やす」ことは、本来的に資産運用の目的ではないと考えています。資産運用の目的とは、「老後のため」「教育のため」「自身の趣味のため」「株式を買い取るため」のような顧客が、自身の夢や希望を実現する目的であって、「お金を増やす」はその手段の一つに過ぎません。銀行や銀行員は「欲しい」のみならず、「必要だ」を遡及するために、提案のベクトルを変えていく必要があります。
「点」から「線」の営業へ
収益目標に傾倒した業績評価のなかでは、銀行員の目標はクロージングのため、顧客のライフプラン実現はどうしても二の次になりがちです。このように話すと、「資産運用商品の価値は、銀行員が考えるものではなく、顧客が考えるものだ」と話す人がいます。
しかし、私は銀行員がその顧客の人生にとって価値があるか無いかを、個人としても組織としても把握出来ない、もしくは把握しない点に問題があると考えています。このような営業は商品を販売するという「点の営業」を加速させてしまい、顧客との信頼関係作りが困難であることはもちろん、銀行員のモチベーションを著しく低下させることに繋がります。
「貯蓄から資産形成」を飛躍的に促進するためには、税制面のメリットのみならず、一番身近な金融機関である銀行や銀行員が、顧客のライフプラン実現のため、そのリスク性金融商品を購入する必要性を踏まえ、資産運用アドバイスを継続的に実施していく伴走者になる必要があると考えています。ここで重要なのは、銀行として資産運用アドバイスをビジネスとして提供出来るか否かです。投信の回転売買前提の資産運用アドバイスでは顧客層を広げることは不可能でしょう。
今の銀行に必要なのは、銀行が横の動きを見て同じような商品を導入することではなく、FD原則を踏まえ差別化に繋がる新しいサービスを考案・構築することです。FP資格を取得推奨する、資産運用支援ツールの導入と言った形式的な話ではなく、顧客との長期的な信頼関係を構築してための「線の営業」を行う仕掛け作りと銀行員を動かす適切な動機付けを作れるか、銀行の存在意義を示す施策を講じられるか、この1年は非常に重要と考えます。
※次回は2月6日(月)予定です。
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日本資産運用基盤グループ 金融機関コンサルティング部長 直井 光太郎 氏
2010年早稲田大学教育学部卒。みずほ銀行入行。法人RMとして、主に大企業から中堅・中小企業への事業資金支援や、事業承継や組織再編支援、企業再生支援を行う。また企業オーナーへの資産運用提案や資産承継提案など、法人個人問わず、幅広い顧客ニーズに向き合い、行内表彰も数多く受賞。
21年日本資産運用基盤グループに参画。銀行や証券、運用会社の課題解決に向けたソリューション開発や提案活動を行う。
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