【Keyman history】田中・日本公庫総裁に聞く

2023.04.07 04:45
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田中・日本公庫総裁
田中・日本公庫総裁

脱「民業圧迫」の舞台裏、批判なくすため方針転換

政策金融機関に対する「民業圧迫」批判は、昔からくすぶり続けてきた。政府が決めた政策に従って企業向けの低利融資などを扱っており、民間金融機関からみると限られたパイを奪い合う競合関係に映るためだ。官営と民営の金融機関が共存する限り、批判の声をなくすのは難しいとの見方が支配的だったが、この問題の解消に向けて本気で取り組み始めた組織がある。国内最大の政策金融機関である日本政策金融公庫だ。総裁に就任した5年前から内部改革に着手した田中一穂総裁に舞台裏を聞いた。


――2017年12月の就任後、民間金融機関との協調融資を推し進めてきたきっかけは。

「小泉(純一郎)内閣の時代にさかのぼる。当時、私は財務省で財政投融資総括課長というポストだった。財政投融資の担当課長であり、その頃から政策金融機関による民業圧迫の話はすでにあった。小泉総理はよく『民で出来るものは民で』と話されていて、私は当時からなぜ政策金融に対して民業圧迫という言葉が使われる実態があるのか解明したいと思っていた。そして、この問題を払しょくしたいという思いが強かった」


「政策金融は補助金や租税特別措置などと同じように、国が民間企業の活動を一定の方向に誘導するため、あるいは民間企業が倒れないようにサポートするための制度だ。国が必要だと判断して制度が作られた以上、本質的には制度論なのだと思う。17年に日本政策金融公庫に(総裁として)来ることになり、まずは制度論の勉強をした」


「日本政策金融公庫法の第1条には『一般の金融機関が行う金融を補完することを旨としつつ』と書かれている。その法律を前提に毎年度の予算編成が行われて、政策金融の中身が決まるわけだから、予算で認められた貸し付けは政府が民業圧迫にはならないという前提で作っているのではないか。そういう仮説を立て、(財務省の)後輩に聞いてみると、必ずしもそうは言えないという答えだった。つまり、やりようによっては(民業圧迫の)問題が起きうるという解釈だ。ということは、その融資が民業補完に徹しているかを1件ごとに判断する必要があるということになる」


「では、どうすれば民業圧迫と言われない貸し方になるか。それを考えた結果、民間金融機関との協調融資を抜本的に拡大するのが一番よいという結論に至った。国内の中小企業向け貸付残高に占める日本公庫のシェアは、コロナ前で4%、コロナ後でも6%しかない。それでも日本公庫に対する不安が消えないのは、量の問題ではなく気持ちの問題が大きいのだろう。民間金融機関の方がたとえ1件でも『なぜ政策金融機関が出てきて、自分の顧客を奪うのか』という感情を抱いたら、当人はその気持ちを忘れないだろう。不愉快な思い出を決して作らないために、常日頃から(官民で)意思疎通ができる関係を築き、できる限り日本公庫単独では貸さないようにしようと考えた」


「そういうわけで、一定規模以上の融資は原則協調融資にすることにした。ただ、なかには『協調融資は絶対に嫌だ。日本公庫から全額借りたい』というお客さまもいる。そういう時は、お客さまの了解を得たうえで、民間の取引金融機関に直ちに連絡するようにした」


――田中総裁就任後、日本公庫の役員が全国の地域金融機関を訪問する頻度が増えた。

「現場レベルの協調融資に加え、民間金融機関のトップに我々の思いを知ってもらおうと思い、東日本と西日本に金融機関連携担当の幹部を置いた上で、私を含めて役員が全国を回り、数多くの民間金融機関のトップの方とお会いした。訪問した際には『なにか問題があれば時間を経ずに直ちにご指摘ください。その時は真剣に対応します』とお伝えした」


「件数はそれほど多くないが、実際に連絡をいただくこともある。調べてみると、誤解だったものや、意思疎通が上手くいかなかったものが大半だ。うちには絶対に間違いはないなどと思わないことが大事だ。こうしたご指摘は非常にありがたいと感じている。まったく波風が立たないのは、もしかすると隠れているだけの可能性もある。それよりも指摘をいただいて、率直に幹部同士で話をできる関係になってきたことをプラスに捉えている」


――コロナ禍の影響は。

「就任から約10カ月後の18年秋には、一定規模以上の融資の大半が協調融資になった。だが、コロナ禍の影響で事業者から融資の申し込みが殺到し、時間がかかる協調融資に取り組む余力がなくなった。そのため、当時の全国銀行協会会長と面談し、コロナ禍が収束するまで日本公庫の単独融資を容認してくれるよう求めた。地銀、第二地銀、信金、信用組合の全国協会に対しても、他の役員が訪問して事情を話した。ただ、それまでに個別金融機関との信頼関係が出来上がっていたので、コロナ禍においても、民間金融機関からご紹介いただいたものも含めて多くの事業者を協調融資により支援した。現在は、完全に元の体制に戻している」


「日本公庫のコロナ関連融資のお客さまの約5割は新規だ。そのため、現場の担当者にはそういう新規のお客さまの情報がなかった。本来は事業所に足を運んで事業実態を確認する必要があるが、融資の申し込みが殺到していて見にいく暇がなかった。そこで事業者の了解を得たうえで、民間の取引金融機関に電話連絡し、当該企業の情報をもらった。迅速な資金繰り支援を行ううえで、これは本当に助かった」


「『コロナ資本性ローン』の決定先数は22年12月時点で8000先を超え、決定金額は1兆円を突破した。このうち、42%は民間金融機関からの紹介案件だ。日本公庫としては、コロナ資本性ローンはリスクの高い融資であり、民間金融機関から紹介を受けつつ、コロナ禍の影響で財務は傷ついているが地域のために絶対につぶせないというような事業者を共に支え、頑張っていきたい」


――協調融資路線を打ち出した際、日本公庫内部の反応はどうだったのか。

「最初はさすがに(職員側に)戸惑いがあった。日本公庫が全額貸さないということは、自社の評価が下がったのではないかと捉える企業もあり、説得するのに現場は相当大変だったと思う。私も現場に行って、企業の方から『なぜ公庫は全額貸してくれないのか』と言われることもあった。しかし、徐々にお客さまも理解してくれるようになり、さらに民間金融機関から公庫に対し協調融資の提案がなされることも増えた。職員も民間金融機関と意思疎通を密にし、官民が連携してお客さまを支援することの重要性を次第に理解してきたようだ」


――官民連携の今後の課題は。

「農林水産事業の協調融資を増やしたい。コロナ下でも農業関係の設備投資意欲は高く、これから規模の大きい経営体が増えてくるだろう。経営者の高齢化が進んでおり、事業承継を機に設備投資意欲の高い経営体に引き継がれるケースが多いためだ。そういう経営体の支援に(地域銀行や信金などに)一緒に取り組んでほしい」


「日本公庫は全国に152支店を持つが、東京都内には14支店しかない。正規職員は約700人、パート職員を含めても800人程度しかいない。東京でさえこの人数なので、地方ではさらに少ない。だから民間金融機関と一緒にやらないと仕事にならない。人手は一番大きな問題であり、特に農林水産業は将来的に大規模な経営体が増えてきたら、民間金融機関と連携しなければ資金需要に応えるのが難しい」


――最後に、組織内に新しい方針を浸透させる秘訣を教えてほしい。

「組織の方向性を変えるには、やはり現場が腹落ちしないと動いてくれない。行動変容を求める当人が現場に足を運んで話をすることが大事だ」


田中一穂(たなか かずほ)
略歴:1979年東大卒、大蔵省(現財務省)入省、理財、主税、主計各局長、2015年7月事務次官、2017年12月日本公庫総裁

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