バンカーの葛藤を小説に 息苦しい日常描く 作家・外山薫さん

2023.01.21 04:45
インタビュー
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外山1
    ご本人の希望により、猫のイラストで顔を隠しています。

メガバンクに勤める夫婦を主人公にした小説が1月30日に発売される。志を持った銀行員が内向きな組織に抗い、取引先の経営を支える物語――ではない。描かれているのは、価値観が異なる若手に振り回され、国際部門で活躍する同僚をうらやみ、家庭では子供の中学受験がすべてになっている一家の日常。作者の外山薫さん(37)に話を聞いた。


 


不祥事にも罪悪感なく


――なぜ金融機関の事情に詳しいのですか。


「仕事で金融機関の方と接点を持った経験があり、大学の友人も多くがメガバンクや保険会社に就職しています。Twitter(ツイッター)でも、投稿を続けるうちにつながる人が増えました。小説を書くにあたり、友人やツイッターで知り合った人に話を聞く形で取材もしました」


――取材ではどのような話を聞いたのでしょうか。


「不祥事があった金融機関の支店で働く方に現場の実情などを聞きました。再発防止のため、用意する書類やハンコを押す回数が増え、負担が大きくなった点に不満を漏らしていました。組織的な問題だったため現場には罪悪感もなく、個人が自分事として考えられる環境ではなかったようです」


――小説では、同じメガバンクに勤める夫婦の葛藤を描いています。


「これまで聞いた話をもとに、登場人物やストーリーを組み立てました。舞台は東京湾岸のタワーマンションで、医者の家族と合わせて物語の軸になる銀行員の夫婦はともに40代。夫はずっと支店勤務で、そろそろ先が見えてくる年齢。かつて海外駐在を夢見た経験が心の傷になっており、職場では若手の指導にも悩まされます。妻は一般職で子供の中学受験に全力を注いでいますが、女性登用の第一世代にあたり、活躍する同期の総合職に複雑な思いを持っています」


 


なぜか低い自己肯定感


――銀行員が主役の小説といえば、組織に抗って取引先を支える物語が人気ですが、ずいぶん趣が異なりますね。


「バブル期に入行した銀行員などのサラリーマンが登場する小説では、登場人物が自分と会社を重ね合わせて奮闘します。しかし、現代の40代以下はもう少し客観的に会社を見ている気がします。住宅ローンの返済や子供の教育で頭がいっぱいになっており、会社の未来など考えられない。私は傍観者として、そんな人たちの日常を描きたかったんです」


――ご自身は、金融機関で働く人にどんな印象を持っていますか。


「メガバンクの総合職などは世間一般でピカピカのエリートなのに、なぜか自己肯定感が低い人が多いように感じています。大学の友人は、私立文系であるためか営業要員として全国転勤を続けているケースが目立ち、よく愚痴が聞こえてきます。ツイッターでも、自虐的に経験談を語るアカウントが多いですよね」


――原因はどこにあるのでしょうか


「無責任な立場からの発言になりますが、外から見るとちょっと硬直的な組織だと思います。インターネットの普及で隣の芝生がいくらでも青く見えるようになったことも、関係している気がします」


 


東京にコンプレックス


――金融機関には、プライドを持って働いている優秀な方もたくさんいらっしゃいます。


「そうですね。ツイッターで自虐的につぶやいている方も、会社の現状に不満を感じながら実際には黙って真面目に働いています。SNSは悪い情報の方が拡散されやすいので、前向きな人の声が広がりにくいという事情はあると思います」


――外山さんも登場人物のような悩みを抱えてきたのではないでしょうか。


「地方出身なので、東京という街に強いコンプレックスを持っています。大学では周りにお金持ちが多く、アルバイトをしないで海外旅行に行く人や、高校卒業までアメリカで育った帰国子女に出会い、衝撃を受けました。社会人になってから自分も恵まれた環境で育ってきたと思い直し、一人ひとりが社会格差の是正に向けて動く重要性を感じています」


――お住まいはタワマンですか。


「秘密です。ただ、私も東京であがいている一人で、小説で題材にした子供の教育も自分事です。馬鹿らしいと思いながら、レースに参加しています」


(聞き手=橘 綱男)


 


外山2


外山薫(とやま・かおる) 慶応義塾大学卒、37歳。大手メディアの記者を経てIT企業に転職。2022年から兼業作家として活動を始めた。1月30日に『息が詰まるようなこの場所で』(KADOKAWA)が出版される。名前はペンネーム。

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