【推薦図書】『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(玄田有史編)
2023.01.13 04:45
【推薦者】日本銀行企画局長・中村康治氏
賃金に関する多様な論点
コロナ禍前の2010年代、日本では、景気が拡大し、人手不足が深刻化したにも関わらず、賃金が上昇しなかった。この事象を、経済学者や官庁エコノミスト22名が、多様な仮説を提示して分析を行い、その結果を、日本を代表する労働経済学者の玄田有史・東京大学教授が編集したのが本書である。
本書で提示されている仮説は多岐にわたる。過去の経済危機のトラウマによる賃金抑制圧力、労使ともに雇用維持を優先し賃上げを抑制する姿勢の強まり、女性や高齢者の労働供給の増加、賃金水準の低い非正規雇用の増加、年功賃金を前提とした正規雇用の賃金カーブの是正、制度的に賃金が上がりにくい医療・介護分野における労働需要の増加、社内教育による人的資本への投資減少など。
現在、日本経済は、コロナ禍からの回復過程にあり、先行き、人手不足が深刻化していく可能性が高い。当時と比べると、女性や高齢者の労働参加率はかなり高水準に達し、今後、更に上昇するとは考えにくいことや、物価が実際に上昇していることが異なる。今回、再び人手不足にも関わらず賃金は上昇しないのか、今度こそは賃金が上がるのか。それを考えるうえでも、本書は、重要な論点を数多く提示している。
(慶應義塾大学出版会、税込み2200円)