銀行の強みは「地元の小規模案件」にあり

2023.01.02 04:45
地域支えるエクイティ投資
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規制緩和によって銀行は議決権の過半数(経営権)を取得するマジョリティー投資がしやすくなった。多くの銀行は、事業承継や事業再生を主な投資分野に据える。いずれも本業として手掛けるファンドが数多く存在するなかで、後発の銀行が新たに参入する意義や強みはどこにあるのか。


ハゲタカへの警戒感


「手触り感のあるエクイティ投資に強みがある」。地域銀行の経営改革を支援するありあけキャピタルの田中克典代表は、地域銀が特化すべきは地元の小規模案件だと指摘する。


投資の際に最もコストが掛かるのが、対象企業の価値やリスクを調査するデューデリジェンス(DD)だ。田中氏によると、融資と投資で違いはあるにせよ、銀行の場合は長年の与信関係から「取引先の基本的なDDは終わっている」ため、東京の専業ファンドが採算割れするような案件でも取り扱うことが可能だという。


そもそも銀行系の場合、取引先や地域支援の側面が強いため、専業ファンドと比べて相対的に収益の目線が低いということもある。低金利環境に苦しむなか、収益改善を図ることは銀行がエクイティ投資を手掛ける狙いの一つではあるものの、中国銀行系のちゅうぎんキャピタルパートナーズ(CP)は「もうかれば良いというファンド運営をしているわけではない」と強調する。


そうした運営方針を含めて銀行系ファンドであるという立ち位置は、投資先が安心感や信頼感を抱きやすい。実際、ちゅうぎんCPから11月に出資を受けた瀬戸内通信鋼業(広島県尾道市)の大岡豊明社長(61)は、「ファンドというとハゲタカファンドのイメージで良い印象がなかった。だが、地銀系ファンドということや事例を聞くなかで考えが変わった」と話す。



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瀬戸内通信鋼業の大岡社長(左)とちゅうぎんキャピタルパートナーズの小野雅人マネージャー(22年12月13日、瀬戸内通信鋼業本社)

大事な地元企業残す


瀬戸内通信鋼業は大岡社長の母親が1972年に創業。5G・6G通信に欠かせないアンテナ基地の取付部品をオーダーメイドで製造し、中四国・九州では最大手だ。大岡社長は30年前に会社を引き継ぎ、現在は弟の常務と二人三脚で経営をかじ取りする。


大岡社長は子供に会社を承継させる予定はなく、還暦を控えて「自分は20年後も会社を経営できるだろうか」などと将来に不安を抱くようになったという。そこで約1年前、複数の取引銀行に事業承継の相談を持ち掛けたところ、最も真剣に耳を傾けてくれたのが中国銀だった。


同行の担当者にはM&A(合併・買収)を提案された。背中を押されて真剣に検討するようになったが、会社売却後の従業員の雇用維持などに一抹の不安もあった。そんななか、22年4月にちゅうぎんCPが誕生。「担当者は多い時には週2回も足を運んで親身に相談に乗ってくれた」(大岡社長)。経営課題だった人材確保などの支援も約束してもらったことで会社の成長可能性も感じられ、出資の受け入れを決めた。


従業員には、株式譲渡当日の11月1日に報告した。反応が気がかりだったが、ちゅうぎんCPと、共同出資先のひろしまイノベーション推進機構(広島県100%出資)の両担当者が同席し、資料作成もサポートしてくれるなど「心強かった」(同)。そのかいもあってか、説明会は混乱が生じることなく無事に終わった。


大岡社長は23年4月に非常勤として経営から退き、同機構がサーチした新社長にバトンを託す予定。「(中国銀の提案がなかったら)どこかで廃業していたかもしれない。地域に必要な企業を残すためにファンドの意義は大きいのではないか」と口にする。 


6割が「後継者不在」


後継者不在は同社に限らず日本経済全体の構造問題だ。帝国データバンクが22年11月に公表した調査によると、対象とした全国27万社のうち後継者不在率は57%に上った。M&A支援の効果などで前年から4ポイント低下したが、実に6割近い企業が将来的な廃業の危機にある。地域の価値ある会社を未来に残すには、銀行のエクイティ投資も十分に選択肢となり得る。


ただし、それにはまずもってニーズの掘り起こしが欠かせない。地域銀の投資専門会社は社員数が10人以下の例が多く、案件の入り口は銀行の営業店となるため、「営業現場の感度や取引先とのコミュニケーションスキルを高めていかないと十分に役割を果たせない」(足利銀行子会社のウイング・キャピタル・パートナーズ)。銀行と投資専門会社の間の円滑な連携体制も必須だ。


投資専門会社にとって、腕の見せ所は投資実行後のハンズオン支援になる。「3~7年程度」(りそな企業投資)と設定する株式保有期間中に投資先の企業価値を高めることは、投資先にとって魅力的なエグジット(出口)を用意することだけでなく、銀行のリターンを確保するためにも欠かせない。


例えば、商社系やビジネスコンサルティング系のファンドは、投資先の海外展開や新規事業の企画開発などを強力にサポートしている。だが、銀行系が自前でそれらを提供するのは難しく、あくまでも外部提携先とのビジネスマッチングの活用にとどまる例が大半だ。ソリューションの水準感では専業ファンドに見劣りするのは否めない。


経営可視化に効果も


かといって、有効な支援ができないわけではない。りそな企業投資の市橋謙一社長は、「我々のターゲット先はオーナーが自ら考え、全責任を負って経営しているような年商数十億円の企業になる。引退後も経営がまわるよう、オーナーの頭の中を引き出して見える化するだけでも十分に価値がある」と語る。


オーナー企業は社内の組織体制が十分に整っていないことが多く、社内規定の整備なども支援に値する。法令に基づく制度変更への対応や、中小企業が遅れているデジタル化も「我々で十分に支援できる」(同)という。


出資先企業からすれば、銀行本体との取引面でのプラス効果も期待できる。りそな企業投資から21年9月に出資を受けた扶桑商事の大島俊一社長は、それを機に同社の業況を即座に把握できるようになったりそな銀行から、増加運転資金の融資や円安進行に伴う為替予約などで「迅速にサポートいただけた」と受け止める。ON出資規制図


〝理想の出口〟を追求


銀行側にとっても企業側にとっても、エクイティ投資の成否はいかに有意義なエグジットを実現できるかに尽きる。21年11月に銀行の出資可能期間が10年に延長されたことで、「IPO(新規株式公開)も選択肢にはなり得るようになった」(りそな企業投資の市橋社長)。ただ、基本は他社とのM&Aや投資先企業による株式の買い戻しになる。


最悪なのは、譲渡先が見つからずに銀行がずるずると株式を抱え続けざるを得なくなるケースだ。そうしたリスクを避けるには、そもそもの入り口段階から出口を想定した投資判断が欠かせない。地銀のファンド業務経験者は、「何の投資判断も出口プランもなく、銀行本体から押し付けられた案件をそのまま引き受けるのは論外」と断じる。


りそな企業投資の場合、1号案件の扶桑商事とは「会社の良さを引き出す出口」のイメージを共有しており、2号案件は入り口時点で出口が明確に決まっているという。今後は、それらのハンズオン支援を続けながら当面30社への出資を目指す。


多くの投資専門子会社は設立からまだ1、2年で、ようやく投資実績が出始めた段階だ。今後、ハンズオン期間を経て案件が出口にたどり着いた際、「良い選択じゃなかったと言われてしまったらこの取り組みは終わってしまう」(ちゅうぎんCP)。投資先の満足と経済的なリターンの二兎をいかに追えるか、銀行が真の実力を試されるのはこれからだ。


次回は1月3日に<ベンチャー投資は銀行に可能か>を掲載します。


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