公金収納めぐり〝群馬の乱〟 全市町村が負担増に反対

2022.08.05 04:45
税・公金
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ON公金収納、群馬の乱
       群馬県の市長会と町長会は7月、連名で群馬銀に経費負担増額を拒否する回答書を提出した

銀行界を悩ます「公金収納業務の採算割れ」問題。その解消に向け、群馬銀行が経費負担の増額を自治体に申し入れたところ、7月に県内全35市町村が一斉に反対の声を挙げた。一見、対立は根深そうだが、歩み寄りの余地がないわけではない。デジタル化を大胆に進めることで、納付者を含む「三方よし」を実現できる可能性があるためだ。同行の真の狙いもこの点にあった。


決して応じられない


7月14日、群馬県庁。県市長会の清水聖義会長(太田市長)と県町村会の茂原荘一会長(甘楽町長)は記者会見に臨んでいた。「決して応じられるものではない」。語気を強めたのは、群馬銀が各市町村に公金収納事務の経費負担増額を求めたことについてだった。


同行はこれまで、自治体の公金収納をほぼ無償で請け負ってきた。こうした状況を見直そうと6月、(1)窓口での収納に納付書1件あたり300円の事務手数料を新設(2)現在は1件10円の口座振替手数料を20円に増額する――など4項目を各自治体に打診。2023年4月から導入を目指すと表明した。


これに自治体側は難色を示した。市長会と町村会は7月14日、連名で「市町村が負担できる環境にない」との回答書を同行に提出。その後の会見で市長会の清水会長は、自らが市長を務める太田市では窓口納付が30万件強あり、300円の手数料が課されれば単純計算で年1億円以上の負担増になると訴えた。


同行は県内35市町村の大部分で公金収納の指定金融機関を務めているが、全ての自治体ではない。それでも自治体側が「35市町村の総意」としたのは、他の金融機関が指定金を務める自治体も、それぞれの指定金から同様の要請を受けることを懸念したためだ。市長会関係者はこのように明かす。


公金収納の経費負担を巡りにわかに生じた騒動。だが、そもそもの経緯に目を向けると、自治体にとって「寝耳に水」だったわけでもなければ、群馬銀が荒唐無稽な要求をしたわけでもないことが見えてくる。


総務省が見直し通知


群馬県市長会・町村会の記者会見から3カ月半前の3月29日。総務省は全国の地方自治体に一通の通知文書を発出した。そこに記されていたのは、指定金融機関による公金収納事務の経費負担を各自治体が検証し、適正な水準に見直すことが重要との見解だった。


背景には、経費負担の少なさから自治体が現状維持を志向しやすく、公金収納の非効率性が放置されているとの問題意識があった。「銀行がきちんと手数料を取らず、自治体を甘やかしてきた」。河野太郎規制改革担当相(当時)は2021年2月の規制改革推進会議・作業部会でこう言い放ち、政府として経費負担の見直しを働きかける方向性が定まった。


コストは年400億円


全国地方銀行協会の試算によると、窓口収納は地銀だけでも年1億3千万件(19年)あり、処理コストは年400億円規模に上る。納付書1枚当たり300円のコストが発生している計算だ。社会のキャッシュレス化をよそに、いまだに紙と人手に多くを依存していることに原因がある。


窓口収納の流れはこうだ。銀行では、窓口で納付書を受け付けた後、事務センターに持ち込み、仕分けのうえ各自治体に納税済通知書(済通)を送付する。自治体や税目ごとに様式が異なるため、事務センターでは全てを機械で自動仕分けできず、人手による作業が多く発生している。


一方の自治体側でも、銀行から送られた済通の内容をデータ化し、ホスト情報に反映する作業(消し込み作業)に人手や委託費が掛かっている。だが、こうしたコストは見逃されてきた。地銀協の調査では収納件数の64.6%は銀行が無償、30.7%は有償でも基準以下で請け負うなど、自治体側が公金収納のコストを感じにくいためだ。


最大の問題は、納付者の利便性を損ねていることにある。支払いのためにわざわざ窓口に出向くコストは小さくない。20年以降のコロナ禍では感染リスクも懸念された。


QR収納に活路


こうしたなか、銀行界が打ち出した構想が、QRコード決済による収納スキームだ。総務省の検討会で21年4月から議論し、地方税を対象に23年4月からの導入が決まった。利用者は開始時点から、全ての都市銀行や地域銀行の窓口に設置したタブレット端末などで納付書のQRコードを読み取ることで納付が可能になる。本命である来店不要のスマホ払いにも、システム準備を終えた銀行から順次対応する。


銀行と自治体にとっての導入効果は、納付データが電子的に把握できるようになることだ。新スキームでも納付書自体は無くならないものの、人手を割いていた銀行による済通の仕分け・送付や、自治体のデータ消し込みといった事務作業は大幅な業務効率化が見込める。


銀行界は、こうした改革を加速させたい意向だが、「紙の納付書による窓口収納手数料が無料の状況では議論がなかなか進まない」(群馬銀)と訴える。このため群馬銀は、「適正な経費負担を求めることが、結果として社会的コストの軽減につながる」と判断。県内の自治体に見直しを打診するに至った。


各地で相対交渉


こうした課題認識は他行も同様。総務省による3月の通知を追い風に、適正な経費負担に向けた自治体との相対交渉を進めている。ただ、独占禁止法に抵触する恐れから銀行間の情報共有は控えており、足元の全体像は定かではない。総務省の自治体調査では、21年4月時点で窓口収納の経費負担を見直した実績があるのは全1788自治体の20.2%だった。


自治体のなかには、見直し交渉の趣旨が十分に伝わっていない例もあるようだ。この点は、群馬県の市長会・町村会と群馬銀のやりとりからも透ける。両会の会長は群馬銀に経費負担増を拒否する回答書を持ち込んだ際、同行役員からQRコード収納の説明を受け、「そういう良いものがあるなら研究してみようとなった」(関係者)という。


今回の一件が問い掛けるのは、「公金収納の社会的コストを軽減するにはどうすべきか」という視点を自治体と銀行が共有し、手を携えることの重要性だ。今後、群馬では群馬銀と自治体が研究会を立ち上げ、具体的な協議に入る。同地域に限らず、全国で「三方良し」の改革が実現できるかが試されている。


〈群馬銀行のコメント全文〉
 今回の要請の目的は、手数料を増やすことではなく、納税者、地方公共団体、金融機関、三者の社会的コストを軽減させることである。研究会の設置は、公金収納業務の効率化に向けて、大きく前進したと考えている。現行の紙の納付書による窓口収納手数料が無料の状況では、公金収納業務の効率化、電子化に向けての議論がなかなか進まない。適正な経費負担を求めることが、結果として、社会的コストの軽減につながると考えている。

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