【BOJウオッチャーに聞く⑫/総括】植田日銀2年半、任期〝折り返し点〟の評価と課題
2025.10.30 04:35
2023年4月に就任した日本銀行の植田和男総裁は、5年間の任期を折り返し、後半のかじ取りへ最初の政策判断に臨む。保有ETF(上場投資信託)の処分を決めた前回(9月)の金融政策決定会合以降、11人の識者に政策運営の評価や課題を聞いたところ、「市場の混乱を避けつつ異次元緩和の出口に踏み出した」ことを評価する声が多く寄せられた。一方で、慎重すぎる政策対応が「行き過ぎた為替円安の定着を招いた」との指摘も目立った。任期後半は、段階的利上げの最終到達点に関わる「中立金利の見極め」や「物価動向を巡る対話・説明力」、「政治との距離感」が主なテーマに挙がった。
【任期前半の評価】
早期「出口」入り高評価
植田和男総裁の任期前半について、識者の多くは「市場に大きな混乱を与えず、早い段階で異次元緩和の出口に踏み込んだ」と高く評価する。就任1年目で「マイナス金利政策」の解除や「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)」の撤廃を手掛け、金利の形成を市場に委ねる道筋を示したことに「異例政策を正常化のフェーズに移した功績は大きい」(三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩氏)といった見方が並んだ。
また、大和総研の久後翔太郎氏は「(就任直後ではなく)一定の期間を置いて動いたことで唐突さを避けた」との見解を述べ、ピクテ・ジャパンの大槻奈那氏は「総裁会見などを通じて市場との対話を丁寧に重ねた」とコミュニケーション姿勢を肯定的に評する。楽天証券経済研究所の愛宕伸康氏は、日銀が政策判断の対話において持ち出す「基調的な物価上昇率」に触れ、「『コンストラクティブ・アンビギュイティ(建設的あいまいさ)』を巧みに使い、急ぎすぎずに進める戦略」を円滑な政策変更のポイントに挙げた。
一方、そうした〝慎重さ〟がコスト増を深刻化させる円安(ドル高)定着を招いたとの批判も目立った。JPモルガン証券の藤田亜矢子氏は「政策姿勢を見透かされ、為替市場で円安が続いた」と振り返り、「過度に慎重な政策運営が物価高を助長した」(東短リサーチの加藤出氏)といった見方も少なくない。
9月会合で決めた保有ETFの「100年処分計画」は、批判が重なった。野村総合研究所の木内登英氏は「年間の売却ペースが(市場全体における売買代金の)0.05%程度では真の出口戦略とは言えない」と指摘。明治安田総合研究所の小玉祐一氏も「実効性に欠ける」と厳しい評価を語った。そのため、株式市場の動向をにらみつつ、「市場が落ち着いているタイミングで加速すべき」(大槻氏)と、早期の売却ペース調整を求める声も散見された。
【任期後半の課題】
インフレ下の〝信認〟焦点
任期後半の主な焦点は、中立金利を踏まえた「政策金利のパス(道筋)」と、インフレ長期化懸念の強まる「物価動向」。UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメントの青木大樹氏は、日銀が現時点で推計する中立金利水準(1%~2.5%)を念頭に、「実際の中立金利をどこに置くかによって政策余地は変わる」とし、愛宕氏は「中立金利探しの旅」と任期後半を例える。藤田氏は、「ターミナルレート(政策金利の最終到達点)は最低でも1.5%。次の利上げ時に中立金利を明確に示す必要がある」と強調。久後氏は「総裁会見や幹部講演で方向感を定性的に示すべき」と訴える。
足元や先行きの「物価動向」を対外的にどう伝えるかも問われる。SOMPOインスティチュート・プラスの亀田制作氏は「消費者物価上昇率が3年連続で2%を超えるなか、国民に対する日銀の説明は説得力に欠く」と問題視。第一生命経済研究所の熊野英生氏は、「円安是正」を課題に挙げ、「物価安定の意思が十分に伝わらず、一段とタカ派的なスタンスを示す必要がある」と、利上げペースの加速とともに提言する。
財政政策との兼ね合いも課題として浮上する。小玉氏は「政治との距離感や海外動向・リスクにも配慮しつつ、インフレ抑制と(日銀の)信認維持を両立できるかが問われている」と現在地を分析し、青木氏も「政権との距離感をうまく取り、異次元緩和の『出口』の行き着く先をどう国民に示すか」を最大の課題とした。
また、加藤氏は、「日銀が意思を持って緩やかに金利を引き上げつつ、ETF処分のペースを上げるなど実効性の高い現実的な出口戦略を進めることが不可欠」とし、大槻氏は「住宅価格の高騰と家計の金利耐性低下を重く受け止めるべき」と、資産価格のゆがみ是正や金利上昇リスクの丁寧な見極めを主張する。