【推薦図書】『1インチの攻防 NATO拡大とポスト冷戦秩序の構築(上・下)』(M・E・サロッティ著)
2025.04.25 04:30
【推薦者】日本銀行総務人事局審議役・飯島 浩太氏
ウクライナ戦争の淵源を知る
本書は、東西ドイツ統一・ソ連崩壊後の北大西洋条約機構(NATO)拡大を巡る米国、ロシア、欧州諸国の外交戦略・交渉の歴史を、丹念な一次資料の読み解きを踏まえて、鮮やかに描き出す。大胆に要約すれば、NATO拡大により「ヨーロッパの分断線がより東側に移っただけ」のポスト冷戦秩序が生まれ、旧ソ連から独立したウクライナなどの諸国にとって不安定性を増す結果をもたらした、というのが著者の主張だ。現在のウクライナ戦争の淵源(えんげん)を知るうえで、非常に示唆に富む。
そのうえで、本書の真骨頂は、なぜそのようなポスト冷戦秩序が選択されるに至ったのかという過程を、情報公開により明らかになった政権内部のメモや首脳間の会話記録などから克明にたどっている点にある。ロシア財政・金融危機やクリントン=ルインスキー・スキャンダルなど、同時期に進行していた事象が、ポスト冷戦秩序の形成にも影響を及ぼしていることが分かり興味深い。歴史が、かくも偶然の産物であることを実感させられる。
また国益をかけた各国の生々しい判断の様子や外交交渉における臨場感あふれる駆け引きの模様を知ることができるのも醍醐味(だいごみ)である。大著だが、あっという間に読み終えること請け合いである。
(岩波書店、税込み4180円)