【眼光紙背】首相が葛藤した〝未練〟

2024.09.05 04:30
眼光紙背
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不夜城と呼ばれる霞が関の官庁街。さすがにお盆は閑古鳥が鳴くが、今年は勝手が違った。8月14日に岸田文雄首相が退陣を表明。官僚が夏休み返上で夜通し対応に追われた。


首相は刀折れ矢尽きたとの見方が多いが、筆者が知り得た実情は異なる。やはり慌てて帰省先から戻った大手紙の政治部デスクは「自民党の総裁選なら勝ち切る自信があった。官邸の側近も直前まで出馬を請うた」と明かす。だが、たとえ総裁再選を果たしても、来たる衆院総選挙で勝算が読めない。ならば前首相としての影響力保持という別の計算が働いたのかもしれない。


裏返せば首相自身に余力はあった。直前の決断は政策の〝未練〟との葛藤もあったのではないか。最たる一つが岸田政権の代名詞となった「新しい資本主義」。分厚い中間層の形成、国内投資の活発化、デジタル社会への移行――などを掲げたが、「総花的な印象」(みずほ証券の上野泰也氏)に終わった感は拭えない。


長引いたコロナ禍からのスタートは岸田政権にとって痛いハンデだったろう。おそらく首相としては総裁1期目で種をまき、2期目で育て花開かせる腹積もりだったと思う。


金融界にとっては〝芽吹き〟も感じられた。物価上昇と企業業績の回復から、日本銀行の金融政策転換を後押しし、「金利ある世界」が戻った。分厚い中間層形成に資する新しい少額投資非課税制度(NISA)の導入も市場に評価された。


ただ、欧米に比べ成長は見劣りし、「貯蓄から投資へ」も緒に就いたばかり。その先の「新しい資本主義」の全貌を国民はついぞ見届けられなかった。


相次ぎ自民総裁選に名乗りを上げた候補者から、「新しい資本主義」の継承という主張は聞こえてこない。前政権からの変化を印象付ける思惑だろうが、検証すらなくば首相の未練も浮かばれまい。立憲民主党の代表選を含め、活発な経済論戦を期待したい。


(編集委員 柿内公輔)


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