【推薦図書】『ボルカー回顧録』(ポール・A・ボルカー、クリスティン・ハーパー著、村井浩紀訳)
2024.08.02 04:30
【推薦者】東短リサーチ社長・加藤 出 氏
強靱な精神力
物価の安定が崩れ、中央銀行への人々の信認が低下してしまうと、その再構築には大変なエネルギーが必要となる。その過程で多方面から来る圧力に動じない強靭(きょうじん)な精神力も中央銀行幹部には求められる。本書を読むとそれが痛感させられる。
ポール・ボルカーが米連邦準備制度理事会(FRB)議長に就任した1979年夏に米国のインフレは11%を超えていた。彼は強烈な金融引き締めを開始し、住宅ローン金利は18%を超えた。金利高騰に苦しむ住宅建設業者は切断した建材に抗議文を書いてボルカーに送り付け、農場主たちはトラクターでFRB本部を取り囲んだ。武装した男が理事会メンバーを人質に取ろうとして本部に侵入する事件も起きた。それでもボルカーは毅然(きぜん)とした態度をとり続け、インフレの沈静化に成功する。日銀を含む現代の中央銀行にこういった胆力のある人物はいるのだろうか? と心配になる。
またボルカーは2%のインフレ目標を、「何を根拠としているのか、私には見当がつかない」「実証的な根拠がほとんどない」と辛辣(しんらつ)に批判している。「本当の危険は物価上昇をこちらから促したり、不注意にも容認したりした時にやってくる」。金融関係者にとって示唆に富む一冊である。
(日本経済新聞出版社、税込み3520円)