「もっと身近に知財金融」 弁理士・金融サービスエキスパートインタビュー
2024.07.01 05:00
地域金融機関が知財の観点から中小企業を経営支援する特許庁の知財金融事業。2024年度事業では、自社の将来像を見据えた経営戦略を重点とする「知財ビジネス報告書」作成を支援する。参加する金融機関の負担軽減を図る一方、報告書の活用で最終的なファイナンスまでのイメージが持ちやすい事業設計に。デロイト トーマツ弁理士法人のパートナー・弁理士の酒井俊之氏とデロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社のファイナンシャルサービシーズユニット長 パートナーの早竹裕士氏に今年度事業のポイントと金融機関の役割について聞いた。
■金融機関を取り巻く背景
Q1.金融機関を取り巻く企業への融資・出資等にかかる近年のマクロ動向について。
早竹 金融庁の指導もあって新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の割合は、右肩上がりで増えてきている状況にはあるが、ただ依然として半数程度ということで、それほど多いわけではない。まだまだこれから加速していく必要があるだろうとみている。これまでの日本の金融機関の姿勢を振り返ると、知財等の無形資産の評価を十分にしないまま、過去の財務諸表や有形資産担保などをもとにした融資がビジネスモデルとして確立されてきた。無形資産価値を活用して企業価値向上を図る米国との比較においても今後、無形資産価値にレバレッジをより効かせた投資や融資によって成長力をドライブしていくこと、そのためにしっかりと金融機関が知財等の無形資産を評価できることが重要になってくる。

Q2.地域経済を支える地域金融機関に今後求められる心構えとは。
早竹 ご周知の通り、2024年6月に「企業価値担保権」の創設を柱とする事業性融資推進法が通常国会で成立した。新たに認定支援機関を設けて、事業者の事業計画の策定に関する助言や経営実態の状況分析、事業計画を推進していくうえでの伴走支援、企業価値担保権の活用事例の普及啓発などを担うことになる。金融機関やその子会社のコンサルティング部門などが認定を受けることが考えられる。このような事業の成長をしっかりと伸ばしていくコンサルティングやサポートを通じて融資を付けていく。米国に追いつけ追い越せではないが、より無形資産や企業の価値や成長の見込みにレバレッジをかけたビジネスを金融機関が後押しをしていくべき流れになっている。こうした無形資産にレバレッジを効かせた融資の取り組みは金融庁も力を入れているところではあるが、特許庁の知財金融事業とも整合している。こうした流れは省庁間の緊密な連携というよりは、一つの大方針に向かってそれぞれの省庁が実行プランを作って実施しているという段階と言える。
■本事業の取り組み
Q3.24年度知財金融事業の特長は。
酒井 本事業は金融機関と中小企業から申請をしてもらい、その後弁理士など専門家も加わって事前のヒアリングを経て「知財ビジネス報告書」を作成していくという流れ。従来は、「As Is」(現状把握)といった自社の強み、知財の分析に焦点を置いていたが今回は、そこからもう一歩進んで「To Be」(自社の将来像を見据えた経営戦略)、将来の目指すべき姿を含めた企業価値向上のための経営戦略のストーリーまでを射程に入れた知財ビジネス報告書の作成を目指す。申請企業は事務局の採択を受けた後、事務局と弁理士がヒアリングを通じて知財に関する調査・分析を実施。そこでまとめた内容を金融機関にフィードバックしながら、最終的に知財ビジネス報告書を完成させる。昨年度まで金融機関からの申請に必要だった「知財ビジネス評価書(基礎項目編)」の提出が不要になるため、金融機関にかかる労力は相当軽減されるだろう。加えて、「To Be」の観点からも、将来の企業の知財活用の方向性が示されるため、金融機関にとっては最終的なファイナンスの形がイメージしやすくなる。
Q4.弁理士の知見を活用する意義とは何か。
酒井 常日頃、金融機関は企業の実態を把握しておきたいと考え、一方で企業は自分の企業価値を知ってもらいたいと思っている。この両者をつなぐのに知財が果たす役割は大きい。企業の強みを突き詰めると知財に行きつくことが多い。企業の強みに知財があると分かれば、金融機関の目も変わり、企業との対話もより深くなる。

Q5.地域金融機関との具体的な連携好事例は。
酒井 1例目は、鉄鋼のまち・北九州のお土産として3Dプリンターでネジチョコを作る「ネジチョコラボラトリー」。ネジやボルト、ナットの形を模したお菓子を作っている会社で、事業拡大を考える際に国内外の知財を権利化。参入障壁をしっかり作ったうえで事業計画を策定、金融機関の評価を得て自動化や工場新設などの設備投資の融資につながった例であり(同社からのヒアリングより)、事業拡大における知財利活用がファイナンスに結び付いた代表例(※1)である。
2例目は、脊髄カーブに添わせた、2本の炭素繊維で上体を支え持ち上げて、腰への負担を約7.4kg軽減する「S字の力」によるワークサポートスーツを開発した富樫縫製。開発した製品に関する知財の権利化等に基づく事業性が評価され、運転資金に関する金融機関からの貸付に結びついた例であり、事業開発フェーズにおける企業価値担保としてのファイナンス事例(※2)といえる。(この事例は特許庁の知財金融事業を活用したもの)
3例目は、燃えない樹脂を開発したアトムワーク。開発した技術・製品の知財の権利化に加えて、大手樹脂メーカーとのライセンスビジネスの事業計画が評価されて金融機関の無担保融資に結びついた例であり(同社からのヒアリングより)、2例目と同じく、企業価値担保としてのファイナンス事例といえる。
いずれもファイナンスニーズが存在しており、そこに知財と結びついた事業の評価や事業計画の確かさに繋がった。
Q6.「知財ビジネス報告書」の金融機関に期待される効果は。
早竹 取引先企業の事業構想段階、事業立ち上げ段階、事業拡大段階といった事業フェーズにおいて、金融機関側も含めてさまざまな課題がある。事業構想や事業開発の段階においては、企業側では何が弱みなのか、その解消のためにどういった連携先があるのかというところの視野が広がらないことが多い。金融機関側も知財の理解が難しく、事業案の経済合理性の判断ができない。事業拡大期においても、企業側では、どのようにマーケット戦略を立て事業展開すべきなのかなど全体が見えていない。金融機関側も企業に対して知財を活用したマーケット戦略の提案や、知財価値をベースとした成長性の判断が難しいといった実体がある。こうしたそれぞれの段階で知財ビジネス報告書は、一定の客観性のもと中小企業のアイデアのビジネスプランへの変換や、マーケット戦略の提案、そして、投融資の判断材料の一つとして役立つなどの効果が得られる。
酒井 実際に報告書が事業計画に則したファイナンスの判断の支援にどのように役立つのかという点で言うと、知財の観点で事業案の経済的合理性の整理ができる点や、模倣品対策として参入障壁を作ることで今後のマーケット戦略の構築に役立てることができる。さらには知財の価値を起点とした経営計画や事業計画の策定ができ、金融機関の投融資の判断の後押しにもつながると考えている。
Q7.参加検討する地域金融機関に向けてメッセージは。
早竹 事業性評価融資を行うあるいは経営者保証を外していくことに対して少し戸惑いを感じている金融機関には、人材育成や審査スキルの磨き込み、あるいは外部を活用した新しい融資モデルの確立などそうした観点でビジネスモデル変革に役立ててほしい。
酒井 実はありとあらゆる業種・業態が金融機関の取引の候補になる。製造業で言えば技術や特許、ノウハウということになるが、サービス業であってもブランド力や、どういった部分が信用や売上の向上に貢献しているのかを見ることはできる。ベンチャー企業やスタートアップ企業であれば、経営者の方の熱い思いでスタートしているので、そういう思いを理解したうえでビジネスプランに則った知財の評価をするような報告書が想定できる。また事業承継を課題として抱える会社であれば、後継者を迎える環境整備のために自社の知財の磨き上げを図ることができるし、地域の中核企業であれば、知財の強みをより生かせる事業分野とは何かを見いだすことで、知財を起点とした事業の棚卸しにつながる。
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(企画・制作=日本金融通信社取材局)
早竹 裕士/Hiroshi Hayatake
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズユニット長
パートナー
システムベンダーにて国際決済システムを担当後、大手監査法人にて金融機関に対するアドバイザリー業務に従事。2018年当法人に入社。DX支援チームリーダー及び財務リスクチームリーダーとしてビジネスモデル変革に携わる。デジタル戦略・デジタルリスク管理、経営管理、データマネジメント、キャッシュマネジメント等の支援業務に従事。
酒井 俊之/Toshiyuki Sakai
デロイト トーマツ弁理士法人
パートナー・弁理士
2004年日本弁理士会登録、弁理士法人創成国際特許事務所入所、東北大学大学院経済研究科地域イノベーション研究センター外部講師や秋田大学産学連携推進機構客員教授を経て2023年当法人入社。東北経済産業局「知財経営普及啓発・人材育成事業」にて知財人材育成検討タスクフォースの委員に就任、知財支援人材、知財活動人材の育成・輩出に関わる。