【眼光紙背】「もしトラ」に待った
2024.05.16 04:30「もしトラ」。一度実現済みなのに妙な流行語だが、それだけインパクトがあるのだろう。米大統領選へ半年を切り、トランプ前大統領(共和党)の再選観測が高まっている。党の予備選を圧勝し、最近は「ほぼトラ」なる進化系?も耳にする。
経済の観点からは、国際協調を顧みぬ保護主義政策を懸念する声が強い。前政権時の混乱は世界の人々の記憶に新しく、私も否定しない。だが、迎え撃つバイデン大統領(民主党)は蚊帳の外なのか。
肝心の支持率は、複数の世論調査を平均する集計サイトによると、足元でほぼトランプ氏に追いついた。そもそも知名度・実績で現職は有利だが、調査で有権者が重視する政策に挙げる経済は、消費が旺盛で企業業績も堅調。トルコ出身で日本でも人気のエコノミスト、エミン・ユルマズ氏が昨年12月15日付の日本経済新聞(電子版)で指摘していたが、半年前時点で大きな景気後退になければ、これまでも現職が再選されてきた。
メディアはあまり取り上げないが市場関係者が注目する指標に「悲惨指数」がある。失業率と消費者物価から算出したもので、選挙の2年前から低下すると政権党が勝利し、逆に上昇なら敗北につながるとされる。直近6回は5回が法則通り。指数は2022年の中間選挙から低下中だ。
2期目を迎えたとして、80歳を超えた史上最高齢の大統領に認知能力の不安がつきまとう。政策は基本継続されるとしても、2期目の大統領はレガシー(遺産)を意識したり強気な政権運営に走りやすい。私が大手一般紙の特派員時代に取材したオバマ政権下では医療保険改革がまさに迷走した。
バイデン氏は中国への制裁関税強化など自国産業保護を強めている。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収にも慎重で、先日は日本経済が低調なのは中国と同様に「外国人嫌いのせい」と発言して物議を醸した。共和党穏健派や無党派層の取り込みを意識したのだろうが、バイデン氏の「トランプ化」といえなくもない。
トランプ氏もバイデン氏の復調を感じ取ったか、主張に変化も見える。批判していたウクライナ支援について融資なら認める余地があると表明した。
ただ、どちらが当選しても厄介な問題が横たわる。同時に行われる連邦議会選だ。上院は民主党、下院は共和党が多数派だが、ともに選挙情勢は足元で拮抗(きっこう)。両院あるいは人事承認権を持つ上院と大統領が「ねじれ」となれば政治は難路に乗り上げる。
ウォール街では、トランプ氏の返り咲きなら、富裕層・法人減税で株高に拍車がかかると期待する声もあるようだ。しかし米国全体を見渡せば、格差が拡大し、人種や宗教、ジェンダーなどで保守とリベラルの「分断」も深刻で、新政権を悩ませるだろう。
選挙戦のゴールもまだ先。「もしトラ」で視野狭窄(きょうさく)に陥ることなく、広い問題意識ともに見守りたい。
(編集委員 柿内公輔)
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