【実像】変わる貸倒引当金-「相対的真実」の探求-(下) 「妥当な水準」巡り手探り

2021.10.29 04:10
金融政策 不良債権 実像
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コロナ対応で膨らんだ貸出残高。このなかで目を凝らすべきは黄信号がともる「要管理先」や「破綻懸念先」だ。「本来なら破懸はいつ倒れてもおかしくない。今の引当率は妥当なのか」。地域金融機関からはそんな声が漏れ始めてきた。


日本銀行によれば「要管理先」や「破綻懸念先」の引当率は足元で増えつつあるが低位に推移。業態や金融機関ごとの差も大きい。日本総合研究所の大嶋秀雄副主任研究員は、「地域金融機関の引き当て水準が総じて低いのは脆弱性の点で注意するべき」という。



各行は見直し方法を探る。山陰合同銀行は2021年3月期の有価証券報告書で、監査法人から「貸倒引当金に関する論点整理のための助言・支援」を受けたと明記。足元は見直し対応ずみの愛知銀行も「今後、フォワードルッキングの導入など必要であれば情報収集のうえ検討する」。


東北のある地銀は東日本大震災以降、潜在リスクを引当金に反映する対応を継続。「貸出ポートフォリオの信用リスクに見合った適切な算出ロジックの構築」を次の課題とする。


ふくおかフィナンシャルグループなどが採用する「予想信用損失モデル」。ある公認会計士は「試しに作った先は複数ある」と明かす。だが、実務への適用には慎重だという。



全国銀行協会の高島誠会長は「貸出方針などが異なる金融機関にとって引き当て方法は一律に定まるものではなく、それぞれが適切な方法を検討する必要がある」と話す。実効性のある枠組みづくりへ、各行が模索を続けている。


トップは積極関与を


4大監査法人の公認会計士は見直しの要点をどう見るのか。


長く使える算定ルールを構築するに当たり、「引き当て水準が数年後も合理性を保てるかが重要」と語るのはEY新日本の喜多和人氏。経営戦略や貸出ポートフォリオの属性を検討の出発点としつつ、「代替案も考慮した上で、採用する方法がベストか検討することが大切」だと指摘する。


PwCあらたの大辻竜太郎氏は「公正な見積もりを担保するガバナンスや内部統制」をあげる。その上で、見積もりの判断材料となるデータを金融機関が偏りなく検討しているかチェック。「自身の主張に都合の良い『いいとこ取り』のデータばかりになっていないか検証する」。


予想信用損失モデルなどを検討する場合、トーマツの坂田響氏は「可能な限り長期間の過去のデフォルトデータなどを保有していることがスタートポイント」と語る。たとえば業種別のデータが無い場合、取り得る選択肢は限られてくる。


引当金の「使い方」もテーマ。債権プールに対して備える一般貸倒引当金は、実損が出ても利用しにくいとされてきた。


だが、あずさの西文兵衛氏は「コロナ対応など特定リスクに積んだ引当金は、対応リスクの発現時にその損失の吸収に充てようとする動きがある」と話す。戻し入れや損失手当てのルールも整理する必要がある。


これら見解は各氏で重なる部分も多い。そして、そろって強調するのが「経営トップの積極関与」。見積もり手法が複雑・高度化するほど、最終判断を下すトップの理解や責任が問われる。


信金・信組、顧客支援へ備え厚く


飲食店など中小零細の取引先を多く抱える信用金庫や信用組合こそ、備えの必要性は高まる。朝日信用金庫はコロナ後に引当金を約100億円積み増し、130億円にした。主な手法はリーマン危機後の高い貸倒実積率の適用と、当時の不動産価格下落率を担保評価に織り込んだことだ。


飯能信用金庫は要管理先に12%、破綻懸念先に45%の引当率の下限を設定。21年度からは渉外担当がリスク先の自己査定を実施。「手間は掛かるが企業実態を把握する目も養われる」。


釧路信用組合は20年度決算でコロナ不況7業種へ引き当てを厚く積んだ。「先々は7業種以外のコロナ影響先の対応が課題」とする。


広島市信用組合は21年9月期に破綻懸念先の未保全部分の引当率を100%に引き上げた。「リスクを取って融資を続けるため」(山本明弘理事長)。今後は自己査定の厳格化でさらに引き当て、万全を期す。


一方、当局との調整で悩みも。「与信費用は保守的に計上したいが国税庁から税務否認される可能性がある」「算定方法見直しを検討中だが金融庁と監査法人のスタンスの違いで苦慮している」。近畿地区の信金トップらはそう打ち明ける。


「個別で業況を見ながら引き当てる従来のやり方で十分」(東北地区信金役員)との意見もある。だが、全国信用金庫協会は「多くの信金が観測期間や1算定期間の長期化など何らかの手当てをしている」と話す。現状を照らし、創意工夫する動きも広がっている。

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