【実像】変わる貸倒引当金-「相対的真実」の探求-(上) 迫る「コロナ後」「欧米流」

2021.10.22 04:40
金融政策 不良債権 実像
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金融機関会計の中核をなす「貸倒引当金」。その見積もり方法が大きく変わろうとしている。「金融検査マニュアル」廃止から2年近く経ついま、コロナ後も見据えて検討されるのが「フォワードルッキング(将来予測)」の視点。唯一の正解がない会計実務において、より実態に迫る手法の探求が始まっている。


「先行事例を見て自行でも適用できるか知りたいようだ」「引き当て不足に問題意識がある先が増えている」「コロナを境に相談内容が変わった」「何らかの将来見通しを反映させる検討先は多い」――。貸倒引当金を巡り、トーマツ、あずさ、EY新日本、PwCあらたの4大監査法人には多くの相談が集まる。


見直し機運が高まったのはコロナ危機。かねて指摘されてきた潜在的な引き当て不足が顕在化するリスクが一気に拡大した。
緊急対応で広がったのが、「コロナ引き当て」。先々の財務内容悪化が明らかな業種について、一つ下の債務者区分で見なし評価するものなどが典型。コンコルディア・フィナンシャルグループ(FG)、池田泉州ホールディングス、福島銀行、愛媛銀行などで例が見られた。


課題は「少」「遅」


コロナ対応を中心に動いた足元の見直し。だが、本来あるべきは、先を見据えた継続した仕組みの構築だ。


「少なすぎ、遅すぎた」。2000年代の金融危機後、この言葉は世界の金融界で共通認識となった。背景には銀行の引き当て不足が事態の深刻化を招いたとの反省がある。


景気後退を見越して引き当てを積んでおけば、自己資本の目減りを心配せず取引先を支援できる。損失認識が遅れがちな従来の過去実績手法への問題意識から生まれたのが、将来予測の発想だ。



国内では明確な定義はない。だが、貸出債権を業種や地域などリスク特性が似たもの同士でまとめる「グルーピング」が端緒となることが多い。メガバンクは日本の開示において、業種ごとの将来見通しなどを踏まえたうえで引当額を調整している。


より抜本的なのが欧米に見られる「予想信用損失モデル」。経済指標予測値を変数とする統計モデルから予想損失率を算出するもので、20年3月期にふくおかFG、21年3月期に琉球銀行が導入して注目を集めた。


「大振れ」の海外


欧米流は景気の先行きに連動して迅速に引当率を見直すのが特徴。一方、課題は「振れ幅」の大きさ。日本と海外、二つの会計基準で決算を開示するメガバンクグループを見れば違いは明白だ。



「GDP予想成長率の動き一つで引当金が大きく振れる」。東南アジア現地法人の予算管理を任されていたメガバンク担当者は、変動の大きさに頭を抱えた。


コロナ禍という特殊環境下で、欧米流の是非を下すのは時期尚早との見方がある。ただ、海外基準も途上であることは確か。米国の銀行も「収益の振れ幅が高まった」との意見を米国財務会計基準審議会に寄せている


会計規範「企業会計原則」が掲げる「相対的な真実」。決算数字を表す方法は一つに定まらず、妥当性を備えたものはいずれも「正解」とする考えだ。近年、難度が高まる貸倒引当金の見積もりは正にこの言葉が当てはまる。国内外、金融機関の規模を問わず、あるべき姿を模索している。


予想損失基準、日本も開発へ


日本でも、予想信用損失モデルに基づく会計基準の開発に着手。企業会計基準委員会(ASBJ)は8月に議論を再開した。



議論は6段階で進行する予定。ASBJはグローバルでの会計処理の調和の観点から国際基準を参考にすることを念頭に置く。


適用時期は未定。「時間をかけてはいけない」「3年以上先になるだろう」。実務家や会計士の間でも見通しは定まらない。


詳細なデータの整備が難しい中小金融機関向けには別の手法を定める方針。一方、予測モデルの適用を求められる可能性が高い大手行からは「日本の実務にはなじまない」とする慎重論も。会計士からも「折衷案が本来は望ましい」との声が一部であがる。


ただ、「日本らしさ」に固執すれば、グローバルの財務諸表の比較可能性が損なわれるのも事実。着地点を見いだすのが容易ではない議論の行方を注意深く見守る必要がある。

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