【眼光紙背】引きずるリーマンの影
2024.02.15 04:45「何か聞いてないか? 海外の投資家連中がざわついている」
為替ディーラーとして鳴らした信託銀行関係者が連絡してきた。東京株式市場であおぞら銀行がストップ安をつけた2月1日。米国の商業用不動産向け融資が焦げ付いたためで、2024年3月期の赤字転落予想を発表した。米市場でも地方銀行ニューヨーク・コミュニティー・バンコープが同じ構図で暴落。「氷山の一角では」と市場が疑心暗鬼になっている。
商業用不動産の米市場規模は名目国内総生産(GDP)の9割に及ぶ。気がかりな予測データもある。三菱総合研究所が米連邦準備制度理事会(FRB)のストレステストを基にした試算では、商業不動産価格が27%下落すると米銀の関連融資累損は800億ドル。リーマン・ショック以来の規模だ。大半は中堅・中小行だが、大手行も含む。問題が表面化する直前の1月末、まさに講演でそう警鐘を鳴らしていた三菱総研の武田洋子氏は「金融引き締めの負の要素が出てくる」と危ぶむ。
日本人にはピンとこないが、多くの米国人には不動産は特別な買い物ではない。身近な資産であり、中古物件すら値上がりする。中間層でも人生のステージごとに車のように買い替えていく様を、私も駐在時代に見てきた。さらには金融工学でサブプライム(低所得者向け住宅ローン)由来の証券化商品も生まれ、リーマン・ショックを招いた。
今回の問題は不動産でも商業用で、サブプライムのような証券化商品のストラクチャーにかかるものではない。だが、米証券化市場を構成する投資家でノンバンクなどはさまざまな証券化商品を手掛ける。「ある分野の資産劣化は他の資産からの資金引き揚げも招く」(前出の元ディーラー)。もしその事態が現実に進めば、危機は燎原(りょうげん)の火のごとく広がるかもしれない。
日本国内でみれば外貨建て有価証券の割合が突出していたあおぞら銀は特異な例で、波及は考えにくいとの声もある。だが、思い返せば当時も金融界は緊張に欠け、「ハチに刺された程度」とうそぶく閣僚もいた。見落としはないか、金融機関はエクスポージャーの点検が必要だろう。
23年3月にもFRBの金融引き締めの影響で米地銀の経営不安が表面化した。各行は慌てて一時与信を減らしたが、1年もたたずにまた暗雲が垂れ込めた。
リーマン危機を教訓に米銀は不動産関連融資を一時絞ったが、景気回復とともに再びわきの甘さも見える。24年中に満期を迎える商業用不動産関連融資は約5400億ドル。日本銀行関係者は「商業用不動産は金融危機の火種になりうる」と気をもむ。不動産は米国の急所で、危機も生んできた。警戒も備えも怠るべきではない。
(編集委員 柿内公輔)