【実像】専門人材を生かす(下)成長促す人事・研修制度に

2022.12.22 04:50
人材育成
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伊予銀は総合企画部ICT戦略室の行員らがデジタル人財研修を実施。リテラシー向上を目的にアプリ開発体験、マーケティング・データ活用などを講義している(写真枠内は一例)

デジタル分野をはじめとする専門人材の育成には、人事・研修制度の抜本的な見直しが欠かせない。メガバンクだけでなく地域銀行も、従来の支店長ポストを目指す「ゼネラリスト重視型」から「スペシャリスト養成」に力点を移し始めた。各行の取り組みと課題、展望を探った。


半数超が研修不十分


金融庁が地域銀を対象に実施した調査(下図)によると、「全社員にIT・デジタルのリテラシー向上のための施策を実施しているか」の設問に対し、「はい」と回答した先は2020年~21年の1年間で約20ポイント増加した。しかし、IT・デジタル人材を育成するための研修制度やキャリアパス、評価基準を定めている機関は21年でも50%未満で、課題が浮かび上がる。



もっとも地域銀はDX(デジタルトランスフォーメーション)に対する危機意識は強いはずだが、その人材が育ちにくいのはなぜか。リクルートマネジメントソリューションズの千秋毅将氏は「DX人材にどの仕事を〝させる〟のではなく、どの仕事を〝させないか〟をハッキリと決めることがポイント」と指摘。そのうえで、地銀は元々のシステム部門がDX部門に業務移管するケースも多いことから、「気づいたらシステムの運用・保守が8割となることもある。そうなると人材はあっという間に流出する」とし、定型業務の負担感が大きい点が一因とみる。


中途採用を積極的に確保している北国フィナンシャルホールディングス(FHD)のシステム子会社・デジタルバリュー(東京都)では、入社後はシステムエンジニアとして、スマートフォンアプリの企画・開発やクラウドベースのウェブ系開発など、新しいビジネスやサービスに挑戦できる環境を整備。早くから成長を促す仕組みづくりに力を入れる。


社内公募で適材配置


23年卒の新卒採用で理系人材を確保する動きが際立った地域銀。理系学部出身者10人を採用する伊予銀行は、DX関連の素養が見込まれる学生も入行後は原則、営業店に配属する。「一通り銀行業務を学んだ方が、より顧客ニーズに適したサービスの企画・開発ができるようになる」(人事部)との狙いからだ。若手には公募制で「デジタル人財」育成カリキュラムを用意。ITの基礎や業界トレンド、アプリ開発などを学ぶ「デジタルビジネス基礎研修会」や、本部においてデータ活用などを体験する5日間の「デジタル人財短期トレーニー研修会」を実施する。


さらに、シップファイナンス部やいよぎん地域経済研究センターなど本部専門部署に入行1年目から挑戦できる公募制度がある。DX関連部署には、過去3年間で入行3年目までの若手5人が申し込み、全員が合格した。


横浜銀行は、新卒採用したデータサイエンスコースの行員を3年目で戦力化する計画だ。入行後3カ月間の営業店配属で銀行業務を学んだ後、デジタル戦略部で銀行データの扱い方、システムの使い方を習得。2年目は、営業部門を中心にデータ分析を補助し、実務能力をつけていく。新卒の専門職コースのキャリアパスは22年度から創設したため、「社内公募に関心を示す若手行員も出ている」(仁平純一人財部長)と、意欲的な若手の〝自己実現〟にも応える。


一方、専門人材育成に不安の声もある。これまでゼネラリストが軸だった育成体制の弊害が潜んでいるためだ。「専門人材は、自分より専門的な知見が足りない上司がローテーションで回ってくるとモチベーションが下がる」(大和総研の廣川明子主席コンサルタント)と、組織全体のスキルアップの必要性を説く。横浜銀はIT・デジタル専門人材はデータサイエンス協会のスキルチェックリストなどを参照にして4段階に区分。一人で業務ができるレベル2以上の人材を24年度までに130人にする構想を掲げる。伊予銀の「デジタルビジネス人財」は、基礎的な知識を持つ「スターター」、DX関連部署で実務経験を積んだ「実働人財」、実働人財の指導・サポートができる「高度人財」の3階層にセグメントし、底上げを図る。


単線型から複線型に


人事制度の改定も相次ぐ。22年度は東邦銀行や紀陽銀行、伊予銀、名古屋銀行などが新制度を導入した。支店長が一つの最終目標だった「単線型」から、各部門・分野のスペシャリストとしてのキャリア選択が可能な「複線型」設計が拡大する。中部地区地銀の人事担当は、「今まで銀行はゼネラリストだけが働ける環境だったので、スペシャリストのキャリア形成にも対応した制度を再構築している」と背景を話す。


八十二銀行は7月から、行員が管理職に昇進する前に「マネジメント」「プロフェッショナル」、本部で銀行の課題解決などを担う「本部スタッフ」の3コースを設置した。


きらぼし銀行は、21年4月に制度を刷新した。「今後、勝ち残っていくには、縦割りの組織力より『個』の能力が発揮される組織やチーム力が求められるため、多様性があり専門性を持った人材を評価する必要がある」との考えをベースに置いた。年功序列を改め、期待・役割や職務レベルに基づいた等級制、プロフェッショナルを重視した複線型人事に路線変更した。職員の自発的なキャリア開発も積極支援し、年1回のキャリアデザインシートで、東京きらぼしフィナンシャルグループで実現したいビジョンや希望キャリア、自己研鑽の状況などを把握。個々の努力やチャレンジに合わせた成長機会を提供している。人事制度改革では「経験豊富な中途採用者の知見も生かした」(HR部)という。


〝脱銀行員〟のうねり


地域銀では持ち株会社化への移行が広がり、〝脱銀行員〟のうねりもある。22年3月に人事制度を一新した北国FHDでは、北国銀行やグループ会社の社員はいったん退職し、持ち株会社で一括採用。グループ子会社にそれぞれ出向する形にした。従来の枠にとらわれず、顧客起点の業務を遂行するためだ。十六フィナンシャルグループも23年4月、十六銀行の全社員が持ち株会社に転籍。社員の個性や才能を生かし、グループ間の人事異動を推進する。銀行部門の収益が頭打ちとなるなか、新ビジネスへの種まきをスタートさせる。


人材戦略のパラダイムシフトに対応すべく、試行錯誤する地域銀各行。先行するメガバンクのある幹部は「専門人材の登用によって行員の思いをバラバラにさせないため、役員が各階層と膝詰めによる1on1で、一つの方向に向かわせる気概が必要」と話すように、経営陣がどれだけ本気で向き合うかが改革の成否を分ける。

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