【眼光紙背】 植田・日銀が挑む〝宿題〟

2024.01.18 04:35
眼光紙背
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オバマ米政権が2期目を迎えた2013年5月。新聞社の特派員だった筆者は、バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長(当時)の議会証言を聞いていた。「次々回までの連邦公開市場委員会で資産購入縮小もありうる」。量的緩和の出口は当分先とみていた株式市場は暴落。私も米銀エコノミストに電話をかけまくる羽目になった。


リーマン・ショック以来の株安は、「バーナンキ・ショック」、さらに緩和縮小と市場の癇癪(かんしゃく)をつなげた「テーパー・タントラム」との言葉も生む。FRBはこれ以降、市場との対話に苦慮。金利正常化も遅れる。


それから10年。日本銀行の植田和男総裁が23年12月7日、「年末から来年にかけチャレンジングになる」と国会で答弁。マイナス金利解除が迫ったと市場で受け止められ円が急騰した。仕事の姿勢だったと〝釈明〟して「植田ショック」は収まったものの、以前にも一部メディアの取材でマイナス金利解除の可能性に言及、市場の動揺を招いている。


「決断力のある日本のバーナンキ」という植田評を最初に唱えたのはサマーズ元米財務長官とされる。3人はいずれも著名な経済学者のフィッシャー元イスラエル中央銀行総裁が教鞭をとった米マサチューセッツ工科大学の教え子。「フィッシャースクール」と畏敬を込めて称され金融マフィアの間で存在感を誇るが、「市場の体温が測れない。学者出身一門のアキレス腱(けん)を露呈した」(アナリスト)との冷ややかな声も聞こえる。


一見もっともらしい説には、首肯できない。一門でもバーナンキ氏はハト派。植田氏は緩和に中立的だ。日銀審議委員の経験も7年ある。アベノミクスのもと日銀は国債買い入れを続けた。財務省や日銀の出身ではなく、専門性の高い学者が総裁ゆえ、市場が耳を傾けてくれる面はある。


植田氏に丁寧に説明を果たす責任がある一方、市場も冷静に耳を傾ける姿勢が必要だ。植田氏の発言をマイナス金利解除の可能性を示唆したとする解釈は「誤り」(野村総合研究所の木内登英氏)とする指摘も一部にあった。バーナンキ・ショックの際も、FRBウォッチャーのアナトール・カレツキー氏はロイター通信のコラムで「議長は誤解された」とし、中銀の情報を都合よく解釈することを戒めるウォール街の格言「FED(FRB)と戦うな」を引いている。


バーナンキ氏の名誉のために付言すれば、市場との対話で功績も残している。FRB議長の定例記者会見は彼の時代から始まった。前任者のグリーンスパン氏はマエストロと呼ばれるほどカリスマ性があったが、懇意の記者を通じ情報操作もしたとされる。バーナンキ氏はFRBの透明性を各段に高めたのは確かだ。


中銀と市場との対話の重みは歴史が示し、誤れば禍根も残す。金融政策正常化は今年の市場の最大の関心事の一つ。その過程で植田日銀が〝宿題〟にいかに向き合うかを注視したい。


 ◇


本コラムでは金融・経済の話題や事象に目を凝らし深層を探る。(編集委員 柿内公輔)


(※本紙は1月19日号)

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