「いきなり!事業承継」で復活!(上) 親から子への承継、その裏にあった極秘会談のわけ

公開日

2025/04/21

「いきなり!ステーキ」を展開するペッパーフードサービスは、2024年12月期決算において久しぶりに黒字化した。最終損益では2021年12月期以来、営業損益だと2018年12月期以来、6期ぶりだった。厳しい状況から復活するなか同社は「親から子への事業承継」を遂行した。その当事者の一瀬健作社長に「親子の葛藤や事業承継の難しさ」をインタビュー。三回に渡って掲載する。



親から子への承継、その裏にあった極秘会談のわけ


「いきなり!事業承継」はどう遂行されたのか。戦国武将のような家督争続だったのか。ペッパーフードサービスは、数年前に債務超過寸前まで追い詰められていた。その同社が黒字化を果たし復活の狼煙を上げた一つの要因に「事業承継」があった。


――まず事業承継がどう遂行されたのかお尋ねします。親と子の極秘会談が2022年8月8日にあったとお聞きしました。この日に一瀬健作社長(現社長)は父である前社長の一瀬邦夫氏(以下先代)に「社長、代表を降りてもらえないでしょうか」と切り出しています。なぜこの日だったのですか。


8月12日は臨時取締役会の日でした。ここに至るまで2019年頃から業績が悪化していたのです。既存の店舗が増えすぎて1店舗ずつの収益が悪化、赤字店舗が増えてきました。2020年はコロナの影響もあり120店を閉店せざるを得なくなった。そんな環境の中、立て直しを図っていたのです。


そこで先代が考えた施策の一つがこの年(22年)7月に一カ月限定で人気商品のワイルドステーキ150gセットを1000円で提供するキャンペーンでした。原価率が高いなか「圧倒的に安い価格であればお客様に来ていただける」いうのが先代の考えでした。しかし私はお客様が一定数増えたとしても赤字が膨らむだけ。「それはちょっと難しい」と思い、意見が分かれていました。


――そこで8月になるわけですね。


はい。1ヶ月の間でお客様は20%ぐらい伸びました。しかし赤字幅は大きく膨らんだ。数字だけ見るとこのキャンペーンは「難しかったね」ですよね。しかし先代は8月以降もずっとやっていきたいという強い意志を発信していました。私としては一つひとつの店舗の収支がしっかり取れるような状況を作ってから施策を打つべきだと。


――かなりの葛藤があったわけですね。


そうですね。話をしようとしましたが、先代は「9月以降にメニュー改定したい」と言うばかりでした。ここに至って私は先代を呼んで、「退任を迫るしかない」と思いました。理由としては、先代の考えのままだと会社が成り立たなくなる。それこそ民事再生法または会社更生法に足がかかってしまう。そのような状態だと。


先代は創業者であるため新しいことを考え実行する能力は高い。私の方は辛抱強く健全経営を進めていくのが得意というところでしょうか。「ずっと長く取締役をやってきた2代目である私に社長交代して立て直しをやらせて欲しい」。そうお願いして退任を迫ることになったのです。


――この段階(19年12月期)で借入金は80億円を超えていました。


やはりお金を借りたままであり返済期限の変更も頼んでいる状況でした。金融機関は「新事業より本業に集中してください」との思いでした。先代も十分理解していました。ただ、「我慢するだけだと会社の業績は回復しない。「いきなり!ステーキ」以外にも新たなビジネスを立ち上げることで取引先金融機関や株主に報いることができる」という創業者としての強い思いもありました。



ペッパーフードサービスの一瀬社長
ペッパーフードサービスの一瀬社長

――「いきなり!事業承継」を迫ったわけですが、上場企業である御社としては取引先金融機関や株主などに相談しなかったのでしょうか。


株主の方々にはもちろん言っていません。取引先金融機関にも事後報告となりました。


――その瞬間、事後報告でも仕方ないか、などの葛藤はありませんでしたか。


正直、金融機関への葛藤はなかったです。それは、厳しい業績を続けているわが社で事業構造改革を進めるとき、「先代か一瀬健作か」なら私のほうが物事はスムーズに進むと思われていたからです。金融機関の皆さんと直接対峙する「バンクミーティング」での質問への答えは全部私でした。とすると、その後も金融機関と一丸になって構造改革を進めるには「一瀬健作社長のほうが確認事項なども短時間で完了する」と言うことです。


――周囲に相談しないほうがいいと。戦国武将の家督相続でよく側近を篭絡して周囲を固めて世代交代を迫る話がありますが。


良いか悪いかわかりません。壁打ちではないですが一人には相談しました。ただ脇を固めて「皆が言いますから」ということは絶対やりたくなかったです。人としても親子としても。俗に言うクーデターみたいなことはしたくない。


――その説得を受け先代はよく退任を決意しましたね。


本当にそうですね。もし先代が「退任しない」だったら、社内に私も残りながらもっと厳しい立場で意見を言わなければと思っていました。辞めさせられたら別ですが、徹底して残って言い続けていくスタンスに変えようということです。


――事業承継でよくあるのは会長または関係会社の社長とかに就いてもらうという形があります。しかし今回は「全ての役職から降りてください」でした。なぜでしょうか。


会社の業績が安定しているなど通常の事業承継であればそういうことはあったかなと考えます。名誉職の会長とか最高顧問などですね。そして経営のアドバイスをもらうというのは最高の形だと思います。ただ22年8月のときは別でした。まず意見の対立がある。今後新たに事業構造改革を進めていくなか会長や代表権を持った創業者がいると、意見の対立が起きた場合、社内が割れてしまう。創業者の影響力は大きいですから。だからこそ代表権、会長職に就くことはせず会社から離れてもらうことをお願いしました。よく聞いてくれたと思います。


――従業員の皆さんはいかがでしたか。


現場で働く従業員は不安があったと思います。先代は創業経営者でありスターですから。一方で本社の皆は先代と私を間近で見ているので、私が社長になったときは「先代を反面教師にして違った経営をしていくのだろう」という期待もあったと思っています。トップダウンからボトムアップの経営というところに繋がっていくのです。先代と私の時間軸は違いました。最大効果を出すため物事を決めたらすぐやるのが先代。私は物事を決めたら準備完了するまでの計画をしっかり立ててスケジュール通りにゴールの日を迎えるという感じです。


――上場企業の事業承継では創業経営者が頑張ってしまい、なかなか後継が決まらないということが見受けられます。ペッパーフードサービスの場合は違ったわけですね。


業績のよいときだったら私でなくてもいいはずなんです。もっと経験のある外部人材でもいいでしょう。でもわが社は違ったのです。


次回は「ギリギリにせめぎ合った取引先金融機関との関係」に迫るです。