夢のような株式トークン化時代へ──金融インターネット化の行方

公開日

2025/09/20

8月22日、SBIグループは三井住友銀行と、日本国内における日本円を裏付け資産とするステーブルコインの健全な流通と利活用に係る共同検討に関する基本合意書を締結した。同時に、Startale Groupと合弁会社を設立し、株式や不動産など現実資産(RWA〈Real World Asset〉)のトークン化基盤を構築する計画を打ち出した。資産と通貨の双方を同時にデジタル化し、取引・決済の在り方を抜本的に変えようという動きだ。単なる新たな構想というより、金融のルールそのものを書き換える挑戦といえ、近年の日本のFinTech業界の中でも最も注目すべき内容であると筆者は考える。


株式トークン化とは、株式を公式なデジタル証券としてブロックチェーンに載せる仕組みを指す。値動きだけをまねる「疑似トークン株」とは違い、配当や議決権といった株主の権利を備えている。言い換えれば「インターネット上で正しく株主になる」仕組みだ。まだ聞き慣れない言葉だが、将来の投資体験を考えるうえで避けて通れない概念になりつつある。


背景にあるのが「ユニファイド・レジャー」と呼ばれる考え方である。資産と通貨を同じ台帳に記録し、株式の取引と資金決済を一瞬で完結させる。これまで数日かかっていた清算が同時即時に終わるなら、リスクもコストも大きく下がる。国際決済銀行(BIS)はこの仕組みを資本市場の効率化と透明性を飛躍的に高める可能性があると評価している。ただ、実際に社会実装するには多くの調整が避けられない。


海外ではすでに動きが始まっている。EUは「DLT(Distributed Ledger Technology:分散型台帳技術)パイロット」で実証を進め、英国も「デジタル証券サンドボックス」を運用に移した。米国証券取引委員会(SEC)も、トークン化証券の法的位置づけを巡って議論を加速させている。シンガポール金融管理局(MAS)はデジタル資産に関する官民連携イニシアチブである「Project Guardian」を通じ、資産のトークン化実証を大手金融機関と進めている。コンサルティングファームのボストン コンサルティング グループの試算によれば、世界のトークン化資産市場は2033年までに約18.9兆ドルに達する可能性があると予測されている。


もし本格的に実現すれば、資本市場は大きく姿を変えることになる。投資家は24時間365日取引が可能になり、1株未満から投資できる。配当や議決権行使は自動化され、株式が一層身近になる。これにより若年層や海外投資家の参加を広げ、株式市場の裾野を大きく広げる可能性があるとの期待もある。企業側も資金調達や株主対応の効率を高め、より広範な投資家とつながれるようになる。ただし、こうした未来が「いつ」訪れるのかは誰にも断言できない。


そして、この流れは地方銀行や信用金庫の存在意義にも大きな変化をもたらす可能性がある。従来からの役割である地域社会の発展と金融サービスの円滑化の中に、今後は「地域経済の成長を支えるプラットフォーム」としての機能も具備することができる。例えば、地域企業の株式や不動産、その他の現実資産をトークン化して地元住民が少額から投資できる仕組みを提供したり、地元企業の株式トークンを担保にした融資を組成したり、さらにはステーブルコインを用いた地域内決済網を整備することで、地域の資金循環をこれまで以上に強めることができる。実際に、大阪・関西万博においてEXPO2025デジタルウォレットが活用されたが、このようなブロックチェーンやweb3を活用した取り組みは更なる発展をしていくことが期待される。こうした仕組みを整えることで、地域金融機関は「地域経済と投資家を結びつけるハブ」へと進化していく未来も予想できるのではないだろうか。


ただし、越えなければいけない課題が多いのも事実である。
法制度や会計・税務の整合、株主名簿とブロックチェーン台帳の扱い、模倣トークン株をめぐる投資家保護、さらには24時間市場に固有のリスクやスマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約条件が満たされた場合に、プログラムが自動的に契約を履行する仕組み)の不具合など、解決すべき論点は山積している。理想と現実の間には、まだ埋めなければならない溝がある。
それでも資産と通貨を同じレールに載せる「金融のインターネット化」は後戻りしない流れだ。SBIの動きは、日本の資本市場を次のステージへ押し上げる試みであることに間違いない。将来、私たちはスマートフォン1つで世界中の株式を少額から保有し、正統な株主として企業の成長を支える。そんな市場像が、夢物語ではなく現実のものとして近づきつつあるのかもしれない。


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410F 中村 仁氏中村 仁 氏(Jin Nakamura)
代表取締役社長 CEO
関西大学卒業後、野村證券入社。支店営業後、野村資本市場研究所NY事務所にて米国金融業界の調査及び日本の金融機関への経営提言を行う。
帰国後、野村證券の営業戦略の立案及び世界中の金融業界の調査も行う。
2016年4月にお金のデザインに入社し、2017年3月より代表取締役CEO就任。
2018年7月より400F代表取締役就任。一般社団法人日本金融サービス仲介業協会代表理事会長。


 

中村 仁

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