会議が見える〜音環境分析でコミュニケーションを豊かにする〜

現代のビジネス環境では、コミュニケーションの質の向上は重要である。とくに、対面やオンラインが混在するいま、会議・議論・相談といった日々のコミュニケーションを効果的に行うことの重要性は一段と高まっている。
シリーズ「会議が見える〜音環境分析でコミュニケーションを豊かにする〜」は、10万人以上の議論を分析してきた音の専門家が会議を解説する。
Vol.25では、交渉のシーンを対象に「沈黙」が与える効果に関する研究を紹介する。


 



 


沈黙は金
「雄弁は銀、沈黙は金」ということわざがあります。話すことも大事だが、沈黙はさらに価値があるので、下手に言い訳をするぐらいなら沈黙した方がよい、という意味ですね。
本シリーズではコミュニケーションを扱うために話すことに注目しがちですが、今回は逆に沈黙に注目し、その効果を調べた論文をベースに紹介します。タイトルが “Silence is Golden” から始まる、今回のテーマそのものの論文です[1]。
[1] J. R. Curhan et al. Silence is Golden: Extended Silence, Deliberative Mindset, and Value Creation in Negotiation, Vol. 107, No. 1, pp. 78-94, Journal of Applied Psychology, 2022.


沈黙については実は色々な研究があります。短い沈黙でいうと、過去の発話の間に関する研究を紹介したvol.24でも紹介したような、0.5秒以上沈黙すると、聞き手は否定のニュアンスを感じるといった傾向が知られています。
もっと長い沈黙についても、もちろん研究があります。たとえば、教育現場において議論の中に3〜5秒の沈黙が入ると、高度な考え方が活性化されたり、やりとりが複雑になったり、柔軟性の高い考え方ができるようになる、という報告もあるようです。
一方で、グループで会話しているときに沈黙があると「拒否された」と感じるという結果もあります。
直感的にも、どちらもあるなと思う方も多いのではないでしょうか。


 


沈黙と交渉術
こうした「沈黙」は、より利害関係がはっきりする交渉術でも注目されています。「沈黙 交渉術」といったキーワードで調べてみると、沈黙の効果には、「相手に圧力を与える」とか「相手の譲歩を引き出す」といった、相手から利益を引き出す効果を解説する記事が多く見当たります。
一方で、沈黙が入ることによって各自が内省し、お互いの得になる Win-Win の結論を得る効果がある、という報告もあるようです。たとえば、沈黙せずに即座に相手に反応するとき、私たちは「この交渉は限られたパイを奪い合うものだ」と思い込む傾向にあるそうです。しかし、じっくり考えれば「パイ自体を拡大して、お互いが得をする方法がある」と考えられるようになるのです。
著者らは、こうした効果を価値獲得(value claiming)と価値創造(value creation)という2つに分類します。


● 価値獲得仮説:沈黙には相手から譲歩を引き出す効果がある
● 価値創造仮説:沈黙にはお互いの得られる価値を高める効果がある


著者によると、交渉の場面における沈黙の効果は、きちんと実験して調べた研究が見当たらないため今回の研究を行ったそうです。


 



 


交渉実験
これを確かめるために、著者らは数百人に交渉をしてもらう実験を行いました。実験設定は以下の通りです。


● 交渉の場面は「採用」とし、1人は採用担当者、1人は候補者とする
● 議題は複数あり、限られた資源を奪いあうものや、両方が得になるものがある
● 指示は「自分のスコアをできるだけあげてください」だけ
● スコア1点につき1口の 100 ドルの抽選券をもらえる


この条件で20分交渉を行い、以下のように価値獲得・価値創造を点数付けしました。


● 二人のスコアの合計が高ければ「価値創造ができた」とする
● 候補者が得るスコアが多ければ「価値獲得ができた」とする


結果は明確でした。3秒〜17.5秒の沈黙の頻度が高いほど、価値創造のスコアが向上したのです。
つまり、沈黙は価値創造を促進することが示されたわけです。
さらに極端な条件として、片方にだけ「発言前に心の中で20秒数えてください」と指示しても、価値創造の効果がみられました。ちなみに、両者にその指示を与えても片方だけの場合と統計的に差はありませんでした。
つまり、片方だけでも沈黙すると交渉全体に価値創造の効果がある、と言えるようです。


 


本当に沈黙はポジティブな効果だけ?:地位の影響
それでは、交渉術によくある「沈黙によって相手に圧力を与える」という方法はデタラメなのでしょうか?
そうでもないようです。
著者らはさらに、交渉参加者に地位の差がある場合で同じ実験をしています。
先ほどの採用と同じ場面に、さらに以下の条件を追加しています。


● 地位が高い側は、企業の幹部で COO (最高執行責任者) の役職にある
● 地位が低い側は、MBA (経営学修士) を取ったばかりのフリーランスのコンサルタント


少なくとも相対的にはCOOの方が、地位が高そうです。
この場合、地位によって沈黙の感じ方が変わってくるのです。


● 地位が高い側:沈黙によって、十分考えられたと感じ、価値創造もできたと感じた
● 地位が低い側:沈黙を不快に感じ、満足度も低くなった


つまり、地位が低い側は沈黙をあまりポジティブに捉えていないという結果がでたのです。著者らは、地位が低い側は、アメリカ文化で期待される「地位が高い人は即座に反応する」という期待を裏切ったために、不快に感じた可能性を指摘しています。
このように、交渉時に地位の差があるとき、同じ沈黙でも感じ方が違うようなのです。


 



 


意識的に「3秒以上の沈黙」を!
今回は、交渉における「沈黙」に焦点を当てて、その効果を調べた研究を紹介しました。
沈黙は「交渉相手に圧力を与える」という効果に注目されがちです。しかし実験では、3秒以上の沈黙は、じっくり考えることで価値創造型の交渉ができる効果があると示されました。
一方で、交渉の参加者に地位の差があるときは、地位が低い方はそれを圧力だと感じる傾向があるということも示されました。
ただし、この被験者はアメリカの大学生であることに注意が必要です。異なる文化や年齢、たとえば日本人だったり、大学生でない場合は結果が違うかもしれません。
ぜひ、次の交渉では Win-Win な結果を得るために、意識的に「3秒以上の沈黙」を活用してみてはいかがでしょうか。


 


 


ハイラブル


ハイラブル株式会社
社長 水本 武志 氏(ミズモト タケシ)
2006年大阪府立工業高等専門学校卒、2013年京都大学大学院 情報学研究科 知能情報学専攻 博士後期課程修了、 博士(情報学)。大学院在席中に日本学術振興会特別研究員、LAAS-CNRS (仏) 滞在。 2013年4月、ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンでリサーチャとして従事。 2016年11月ハイラブル設立、現職。


 


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水本 武志

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