
地域医療を支えるバンカーの取り組みを紹介するシリーズ「金融機関が地域医療を支える! ~熱い想いをもつバンカーの話~」。これまで9人の熱き想いを紹介してきた。最終回は、出向の経験を糧に医療機関のコンサルティング支援と医療担当者の人材育成に力を注ぐバンカーを紹介する。鹿児島銀行の前田貴博さんは、医業支援部にて医療機関のコンサルティング支援を行う。
鹿児島銀行が地盤とする鹿児島県は、九州南端に位置し、薩摩半島、大隅半島の2つの半島と種子島,屋久島,奄美大島をはじめとする多くの離島で構成されている。離島の総面積(2485平方キロメートル)と、そこに住む人口(18万2602人)は全国1位となっており、全国でも有数の離島県(県ホームページより引用)。また、県庁所在地のある鹿児島市は錦江湾(鹿児島湾)の西岸に位置し、市街地からは桜島を望む。県の人口は約152万人(2025年2月1日現在)、うち鹿児島市は約58万人で、九州では、福岡、北九州、熊本に次ぐ市町村人口を有する。
鹿児島銀行の医療チームの歴史について教えてください。
「当行は医療機関への支援体制を強化するため、2007年に営業支援部内に医業推進室を開設しました。当初は4人の担当者で始めましたが、その後2016年より現在の医業支援部となりました」
前田さんは銀行員としてどのようなキャリアを積まれてこられたのでしょうか。
「はい、私は2008年に入行しました。本店営業部、証券会社への出向、卸本町支店と営業現場での勤務を経験しましたが、2014年より3年間、大手病院グループに出向しました。出向中は、建て替え移転のプロジェクトに医療機関職員として関わったほか、理事長にお声がけいただき、医学部開設というグループの大プロジェクトにも関与の機会をいただきました。そして2016年、医業支援部の立ち上げ直後に銀行に戻りました。現在は改善支援チームの一員として医療機関のコンサルティング支援を行っています」
大手病院グループ出向時のエピソードをお聞かせください。
「出向当初、理事長から『病院経営を学びたければ卸(物品の管理)を知りなさい』と言われ、病院職員と同様に業務を行いました。とはいえ、当初は『銀行員が何をしに来たのか?』といった職場雰囲気もありました。それを払拭しようと多職種とのコミュニケーションを図ることも意識し、当直にも入りました。信頼を得るためにも相手を尊重し、目の前の業務に没頭したことを覚えています。離任時に『あなたがいなくなると困るよ』という声をいただけたことが何よりもうれしかったですね」
銀行の業務との違いも大きく戸惑いもあったと思うのですが、相手を尊重し、業務に没頭するに至ったきっかけはあったのでしょうか。
「はい、入職間もないある当直の日の夜、受付事務として外傷患者の救急搬送患者の受入れの場に遭遇しました。銀行員として医療現場が門外漢の私は当然何もできませんでした。命を繋ぎとめる医療職の救急処置の現場に触れて、『自分にはとてもできない』とリスペクトの気持ちを持ちました。それ以来、医療の最前線が円滑に機能するために事務として何をしなければならないかを考えるようになりました」
大変貴重な経験を積まれておられ、羨ましく思います。銀行に戻られたのが2016年とのことですが、前田さんは医業支援部立ち上げ初期から在籍されていたのでしょうか。
「はい、現在当部は13人在籍しており、異動で入れ替わりはあるものの、今でも立ち上げ当初からのメンバーが数人おります」
医業支援部の体制をお聞かせください。
「当部は大きく資金調達の提案を行う推進チームと、経営改善等の支援を行う改善チームに分かれています。私を含めて、出向経験者も複数おり専門的な支援を行っています。また部署の創設時からコンサルティング支援の有償化を進め、それが当部の特徴の一つとも言えます」
医業支援部の創設とコンサルティング支援の有償化、大きな判断ですね。
「当行の経営陣の理解が大きかったと思います。部署創設時の資料を読み返してみると、その当時から今起きている業界動向の変化(人口減少による産業動向の変化と政策による地域医療構想の推進)が議論されていました。結果として当部が組成され、リソースも割いていただきました」
コンサルティング支援の有償化によって得られたことは何でしょうか。
「それは部署の人材育成だと思います。私の所属する改善支援チームは、経営者を相手に困りごとをお聞きするだけでなく、時には経営者にとって耳の痛いことを助言することもあります。どこまでも寄り添い支援をするという覚悟が必要です。お客さまと心通わせるだけの信頼関係を構築するためには、業界知識だけでなく相手を尊重する姿勢があってこそです。膝を詰めながら、我が事として捉え考え尽くすことが、お客さまの心を打つものであるということを後輩には教えています。有償でお客さまの時間と情報をもらっている怖さもあり、この経験は当部独特のものと思います」
前田さんが考える今後の医療機関への支援についてお聞かせください。
「金融と医療は異なる業種であるものの、私の医療機関への出向は、銀行員としてだけでなく人間としても成長する機会でした。今度は医療業界に対して少しでも金融のノウハウや知見を活用した恩返しができればと考えています。具体的には、以前から金融業界が先行的に仕組化しているDXやバックヤード業務の領域で活用できたらと考えています。命と向き合っておられる医療人と対峙するには職業人としての覚悟を持って信頼関係を積み上げ、同志として受け止めてもらうことが大事です。金融と医療を掛け合わせることで化学反応を起こし、医療機関の経営の安定化を通じて地域社会に貢献していきたいですね」
「週の大半は支援先での業務で銀行内にはあまりいません」と仰っておられた前田さん。インタビューを通じて、お客さまとの時間を大事にされていることがわかり、お客さまへの尊敬の念と業務に対する直向きな姿勢が言葉から伝わってきた。鹿児島銀行医業支援部において、前田さんの背中を追う若き熱い想いをもつバンカーが多く輩出され、活躍されることがとても楽しみだ。
2024年1月より連載させていただいた「金融機関が地域医療を支える! ~熱い想いをもつバンカーの話~」。これまでに10人のバンカーに登場いただいたが、みなさま個性に溢れ、地域への愛情と熱い想いをもって業務に取り組んでいた。まだ取り上げきれない金融機関やバンカーが存在するが、その勇姿の紹介は、また別の機会に譲ることとし、 本連載は今回をもって一区切りとさせていただく。
3月に発表された日本病院会をはじめとする6団体の緊急調査では、2024年度に医業利益が赤字であった病院は69%にも上るという(日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会・日本精神科病院協会・日本慢性期医療協会・全国自治体病院協議会 【緊急調査】2024年度診療報酬改定後の病院の経営状況 2025年3月10日)。地域の病院は危機的状況にあるといえるが、深刻な経営難にあるからこそ金融機関として知恵を出し、寄り添い支えていく術を考えていかなければならない。熱い想いをもつバンカーが全国各地で活躍され、地域に暮らす人々が安心して医療を受けれられる社会であることを強く願う。
最後に、本連載のインタビューに応じていただいたバンカーのみなさま、紙面の提供並びに助言いただいた日本金融通信社のみなさま、執筆業務に協力いただいた弊社社員のみなさまに厚く御礼申し上げます。
新沼 寿雄 氏(にいぬま ひさお)
戦略コンサルティング事業部 副主幹
株式会社日本経営
国内大手証券会社ホールセール部門での勤務を経て日本経営入社。主に医療機関の事業構想、戦略策定、利益改善、再生支援業務を担当。コンサルタントとして現場改善の業務に多数従事。他方で地方銀行への出向経験もあり、金融機関との連携や協業に関して社内で中心的な役割を担う。ご相談等はこちらまで→hisao.niinuma@nkgr.co.jp