5月24日の「宿命」 西武信用金庫 理事長 髙橋 一朗
2025.07.31 19:50
その道は、行き止まりだった──。
当時、西武信用金庫は驚異の成長力で貸し出しを毎期20%近く増加させ、業界の麒麟児と評されるなど、異端の眼で見られていた。しかし、対外的評価とは裏腹に内情は成果主義の名の下、全てに数字が優先され、担当者が数字を奪い合い、高い報酬を競い合う日常となり、審査管理部門は形骸化した。事務やシステムといった収益を上げにくい部署や女性の仕事は疎んじられ、多くの仲間が去っていった。
そうしたことが5、6年続くなか、「信用金庫本来の役割が果たせていない」「ガバナンスが欠如している」として当局より行政処分を受け、その企業文化まで厳しく問われた。2019年5月24日、業務改善命令書を受け取り、日銀記者クラブでの記者会見へ向かう車中、なぜか涙が止まらなかった。
その日以降、成長路線を一蹴した。その年の内定者はほとんどが辞退、あらゆる仕組みを変更するなど苦難の道ではあったが、...
当時、西武信用金庫は驚異の成長力で貸し出しを毎期20%近く増加させ、業界の麒麟児と評されるなど、異端の眼で見られていた。しかし、対外的評価とは裏腹に内情は成果主義の名の下、全てに数字が優先され、担当者が数字を奪い合い、高い報酬を競い合う日常となり、審査管理部門は形骸化した。事務やシステムといった収益を上げにくい部署や女性の仕事は疎んじられ、多くの仲間が去っていった。
そうしたことが5、6年続くなか、「信用金庫本来の役割が果たせていない」「ガバナンスが欠如している」として当局より行政処分を受け、その企業文化まで厳しく問われた。2019年5月24日、業務改善命令書を受け取り、日銀記者クラブでの記者会見へ向かう車中、なぜか涙が止まらなかった。
その日以降、成長路線を一蹴した。その年の内定者はほとんどが辞退、あらゆる仕組みを変更するなど苦難の道ではあったが、...
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