
インパクトファイナンスの意義や最新動向をお届けするシリーズ「今話題の「インパクトファイナンス」とは? ~銀行員が知っておきたい「インパクト」入門~」。前回の記事では、銀行がインパクトを創出するための3つのアプローチをご紹介しました。事業活動を通じたインパクト創出の推進のカギとなるのは、やはり「人」です。最終回の本稿では、インパクト投資とインパクトコンサルティングを実践するGLINの目線から、ビジネスを通じたインパクト創出に必要な観点やスキルについて解説します。
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1.課題を見つける力
金融機関が業務を通じて社会的なインパクトを生むためには、まずは正しく課題を特定し、分析する力が求められます。「インパクト」とは、課題の改善や解決に取り組んだ結果として、人々の生活や地球環境が「良くなった」という変化・差分のことです。この「良くなった」という結果を生むには、そもそも何が「良くなかった」のか、つまり、どこに課題があるのかを把握する必要があります。
「正しく課題(問い)を認識する力」は、「正しい解決策(答え)を導き出す力」と同じくらい、あるいはそれ以上に重要かもしれません。なぜなら、課題の設定を誤ると、その後の取り組みが全て見当違いになるからです。
実際にインパクト投資の現場においても、社会課題の構造や因果関係を正しく理解できていなかったために、根本にある課題を見誤り、実施した事業(解決策)が効果を発揮しなかったり、思わぬ弊害を生んだりすることがあります。
2.ゴールを描き、共通認識を醸成する力
課題を見つけたあとは、それが解決された先にどのような社会や企業の姿を実現したいのかを明確に言語化し、ステークホルダーと共有することが重要です。
インパクト投資やインパクト志向の経営においては、これを「セオリー・オブ・チェンジ(ToC)」というフレームワークを用いて実施します。ToCは、資金調達の場面でインパクト投資家に自社のビジョンや事業の社会的意義を伝える際や、インパクト創出に向けて社員やパートナーと認識を合わせる際など、共通認識を育むための強力なコミュニケーションツールとなります。
インパクトの創出には時間がかかります。特に社会システム全体に変化をもたらすシステムレベルのインパクト創出を目指す場合、関与するステークホルダーの数も多くなります。だからこそ、「どんな未来を実現したいのか」「そこにどうやって辿り着くのか」といったビジョンやプロセスを、他者と共有し、共感を得るための言語力・表現力・コミュニケーション力が極めて重要になります。
なお、ToCを描くこと自体は、何度か経験を積めば習得できるものです。しかし、そのテクニカルな知見以上に重要なのは、事業を推進するチームメンバーの意見や、受益者のニーズを丁寧に汲み取り、意見が異なる場合には対話を通じて共感・合意できる地点を見出す力です。合意形成のプロセスこそが、インパクト創出の土台となるのです。
3.目的に合致した手段を見つける力
課題を特定し、目指す社会や企業の姿を描いたら、次に重要になるのは「その目的に対して、どのような手段を選ぶか」です。GLINでは、この視点を「プロダクト・インパクト・フィット」と呼んでいます。これは、生み出したいインパクトと、その実現に用いるビジネスの仕組みや手段との間に、きちんと整合性があるかどうかを見極める考え方です。すなわち、「このビジネスモデルで本当に意図したインパクトを生み出せるのか?」という問いに正面から向き合う過程が重要なのです。
プロダクト・インパクト・フィットを丁寧に検討することは、創出インパクトの最大化だけでなく、財務リターンの確保にもつながります。なぜなら、課題(誰かの困りごと)を解決できる製品やサービスなら、市場からのニーズも大きく収益が見込める可能性があるためです。反対に、目的と手段がずれてしまえば、インパクトもリターンも中途半端になってしまう可能性があります。
インパクト創出人材育成のための研修
こうした人材はどのように育成できるのでしょうか。弊社GLINが提供する研修のメソッドがヒントになるかもしれません。
GLINでは、地域金融機関、バイアウトファンド、CVC等に対して、投融資活動を通じたインパクト創出を実現するための研修プログラムを実施しています。明示的にインパクト投資を目的にした研修もあれば、投融資先企業におけるサステナビリティ/ESG対応の推進を目的にした研修もあります。しかし、いずれにおいても共通して重視しているのが、今回の記事で紹介してきた ①課題の特定、②ゴールの設定、③適切な手段の選定というステップを、実務に落とし込んで学ぶことです。
GLINの研修は、知識のインプットにとどまらず、実践・アウトプット機会を重視しているのが大きな特徴です。ある地域金融機関では、取引先の課題分析から提案資料の作成、面談の実施までを組み込んだ実務直結型の研修を通じ、サステナビリティやインパクトを抽象的な理念としてではなく、「経営課題を解決する手段」として、営業の現場で推進いただきました。
インパクト投資のように、定型がなく正解も一つではない領域においては、何よりも「実践」が重要です。当然ながら、一度の研修で人や企業が劇的に変わることはありません。しかしながら最初のきっかけとして、小さな勉強会の開催や育成方針の見直し等、「実践」の一歩を踏み出してみることから全ては始まります。
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本連載では、「インパクトファイナンス」という切り口から、金融機関や銀行がどのように顧客や地域社会に貢献できるかや、今後求められるスキルなどについて解説しました。
インパクト創出は一朝一夕で成果が出るものではなく、一般的な認知度もまだまだ低いのが現状です。しかしながら、企業活動によるインパクトを、投融資を通じて何倍にも増幅させることが可能な金融セクターは、インパクト創出において非常に重要な役割を果たします。皆様一人ひとりがインパクトについて学び、日々の業務を通じて少しでもインパクト創出に貢献できれば、金融を通じた社会課題解決は大きく前進していくはずです。本連載を機に、インパクトファイナンスについて関心をもっていただければ嬉しい限りです。
GLIN Impact Capital コンサルティングチームマネージャー 中尾 有希
ブティック系コンサルティングファームにてサステナビリティ戦略コンサルティングを経験。その後Big4のファイナンシャル・アドバイザリーにてM&Aアドバイザリー、ESG戦略・価値創造モデル策定、サプライチェーンの人権デューデリジェンス、M&A時のESGデューデリジェンス等に従事。2023年7月にGLIN参画後は、地域金融機関におけるサステナビリティ推進や法人渉外担当行員の育成支援、PEファンドにおけるESG投資方針やエンゲージメント支援を提供している。