バンカーを輝かせる業績評価 最終回 収益とやりがいの両立

2023.03.06 04:50
バンカーを輝かせる業績評価
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前回の寄稿では、多くの銀行が中期経営計画で目指されているコンサルティング営業体制(点から線の関係)に有効と考えられるゴールベースアプローチの考え方をご紹介しました。お客様の投資目標(ゴール)を起点とした資産運用プランの策定と、プランのカスタマイズのための継続的なフォローアップを提供するというゴールベースアプローチの概念は、新しい資産運用サービスとして注目され始めています。


お客様は、中長期的な投資目標(ゴール)があることから、相場上昇時も下落時も、「解約」以外の「継続」の判断を行いやすく、また、アドバイザーとなる銀行員が定期的にフォローしてくれる安心感から、投資に不馴れな人も始めやすいという特徴があります。また、お客様の預り残高の拡大が、収益拡大と銀行員のやりがい向上に繋がるため、残高比例評価との相性が良いという特徴があります。これは一つの事例ではありますが、現在、各銀行では、点から線の関係を構築するためのコンサルティングを主軸としたリテール戦略を基本方針としつつ、その具体的なプロダクトやアプローチ手法、また業績評価の設定方法については喧々諤々(けんけんがくがく)の議論をされています。


7割が「やりがいにつながっていない」


私は今回の連載にあたり、現在の業績評価制度に対する現役銀行員の考えを客観的に把握すべく、メガバンクや地銀に所属している現役の銀行員30名にアンケートを取りました。


その結果は以下の通り。銀行員のやりがいと意欲向上に繋がっていると答えたのは29%と、多くの行員が現行の業績評価に課題を感じていることを確認しました。若手・中堅の別は問わず、総じて低い評価になっていますが、その理由を総括すると、以下3つに大別されます。



◆アンケート概要回答者数:30名(男女)、対象年次:3年目~17年目、職種:営業・RM 20名、本部企画5名、事務5名



<主なコメント>


① 短期的な業績を上げるためのルールになっており、お客様第一とは言い難い印象だ


短期間での収益追求ゲーム。週次・月次で実績をしつこくトレースされ、取り組み意欲を削がれる


③ 定量目標では、収益の配点が総じて上昇し明確化されたのは理解出来る一方、定性目標(役員評価など)の項目数が増え本質的ではないアピール合戦となっている


ここで注目したいのは、「No」と答えた方は、「収益を追い求める」ことは営利企業として維持発展するために必要であると認識している点です。銀行員は、収益面での銀行業績への貢献意欲は総じて高いのです。一方、課題は半年、1年という短期間での収益追求評価にあります。お客様ニーズは多様化・複雑化しており、事業承継や資産承継に関連する案件は、ニーズ把握・着手から成約までに1年以上の時間を要することは常です。


一方、1年以内での数字を求められる以上、仕組債等の足が速いプロダクトを基軸に行員は動かざるを得なくなります。その結果、部署内、支店内の業績プレッシャーから、無理な案件組成とトラブルリスクの要因を内包させ、銀行員の貢献意欲を削いでいく、という悪循環に陥ります。顧客本位の業務運営等の原則においても、「従業員への適切な動機付け」が掲げられていますが、収益とやりがいを追求するためには、業績評価制度の抜本的な改革が必要であることは明白です。



「KPI進捗評価」導入


銀行の収益と銀行員のやりがいを遡及・発展させるためには、点から線へ、中長期的な目線を持つ業績評価に切り替える必要があります。ここでは、私が考える業績評価案を記述致します。



まず、銀行は営利企業であり、業績評価の対象は「成果」でなくてはなりません。この成果評価は毎期実施されるべきです。しかし、1年以内という評価期間では、点の評価の域を出ませんので、中長期的な成果目標に対するKPI進捗評価(重要業績評価指標)を新設します。KPI評価シートは、エリアの特性を踏まえ部店ごと(部店単位)、銀行員ごと(顧客単位)に作成します。このKPIは中長期的な成果目標から逆算された具体的なアクションを記述し、部店長はKPI進捗を貢献度や責任度に応じて評価を行います。


 担当者の転勤があった場合においても、当該成果の貢献度・責任度は、転勤者の業績評価に反映します。つまり、プラスの成果も、マイナスの成果も、その貢献度と責任度に応じて最低でも3年は反映させる考え方になります。部店単位、銀行員単位で、KPI評価シートのレビューと更新を行い、複数年度ベースでお客様と向き合う体制を作り、これを評価対象に組み込みます。


具体的なKPI評価シート(行員版)のイメージは以下の通りです。



KPI進捗評価では、目指すべき成果を明確化した上で、その実現時期から逆算されたアクション計画を記述していきます。お客様ニーズを基軸とした上で、それを実現するためにKPI進捗を評価していくため、銀行員側は評価の納得感が高いことに加え、案件進捗管理を兼ねさせることが可能です。案件進捗管理は、業績推進項目として存在こそするものの、評価と結びついていないため、数字達成のための管理ツールでしかありませんでしたが、収益とやりがいを結びつかせるためには、銀行員の目指す成果に繋がるアクションを線表化、明確化した上で、その進捗を評価していく体制が必要と考えます。


このKPI進捗評価は、ある意味で銀行員にとって成果評価よりも厳しいものになるかもしれませんが、収益とやりがいを両立させる観点から重要な目線と考えており、評価者の育成も同時に実施していく必要があります。銀行員を点から線で評価することは、その評価期間さえ乗り越えればよいという発想をなくし、お客様との中長期的な関係構築を促進させることを期待出来ます。


最後に


私は銀行を退職してあらためて感じていることがあります。それは、銀行という社会的意義の高さ、その仕事のやりがいの高さです。お客様は、銀行や銀行員を大いに信頼をしています。お客様の期待に裏付けられた信頼感に真摯に応え続けるためには、銀行員の羅針盤である業績評価制度をゼロベースで見直し、収益とやりがいの両立を目指していく必要があります。


昨今、メガバンクを中心に新卒者の初任給を高め、優秀な人材確保を急いでいますが、給与のみでは片手落ちです。優秀な人材育成の観点からも、銀行員のやりがいと評価の相関性を高めることが必要です。


銀行が一番身近な金融機関として一層の発展をするためには、お客様に対して「便利なサービス」を生み出すことと同等以上に、現役の銀行員を輝かせるための方策を検討し、それを実践することが必要です。なぜならば、銀行の唯一無二の財産は、「銀行員」であるからです。私は、銀行員が輝けば、銀行も顧客も輝くと、そう信じています。(おわり)


◆◆◆バックナンバー◆◆◆


第1回「金融庁レポートの意味」はこちら


第2回「改革という名の逆風」はこちら


第3回「退職者が止まらない」はこちら


第4回「リスク性商品販売の疲弊」はこちら


第5回「ゴールベースアプローチに学ぶ」はこちら



日本資産運用基盤グループ 金融機関コンサルティング部長 直井 光太郎 氏


2010年早稲田大学教育学部卒。みずほ銀行入行。法人RMとして、主に大企業から中堅・中小企業への事業資金支援や、事業承継や組織再編支援、企業再生支援を行う。また企業オーナーへの資産運用提案や資産承継提案など、法人個人問わず、幅広い顧客ニーズに向き合い、行内表彰も数多く受賞。


21年日本資産運用基盤グループに参画。銀行や証券、運用会社の課題解決に向けたソリューション開発や提案活動を行う。

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