【実像】解禁 デジタル給与(下)顧客接点のシフト警戒

2023.02.23 04:50
決済・送金 デジタル化 実像
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ペイアプリを提供する各社はデジタル給与参入を検討

給与の現金支払いの例外として、預金取扱金融機関や証券会社だけに認められてきた「給与振込」。その構図が4月からのデジタル給与制度で崩れ、資金移動業者にも門戸が開放される。ただ、ガイドラインの細部にはなお不明な点が多く、前向きに検討しているのは数社にとどまるうえ、消費者の認知度も低い。それでも、社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)化進展で利用が広がる可能性はあり、金融界は顧客接点がシフトすることへの警戒を緩めない。


楽天ペイは参入検討


資金移動業の85社(2022年9月)のうち、厚生労働省から指定を受けた事業者は4月以降、給与のデジタル支払いに対応できるようになる。口座残高の上限100万円を超えた際には、すぐに100万円以下にする仕組みを作る必要があるなど、資金をためるためではなく、あくまでも「資金移動のために活用する」という位置付け。銀行や証券会社とは異なる立ち位置で、給与資金を受け入れることになる。


「せっかくできた制度なので、参入事業者が出てきてほしい」――。そう期待するのは、日本資金決済業協会の橋本文夫事務局長。だが、資金保全や払い出し方法の確保、保証機関の契約などハードルが高いことに加えて制度の細部が分かりづらく、参入を明言する企業は少ない。


そうしたなか、22年9月にいち早く参入姿勢を表明したのが楽天ペイメント。既に企業から支払われる経費精算金や保険金などを、最短で振り込み当日に「楽天ペイ」アプリを通じて「楽天キャッシュ」で受け取れる仕組みを準備している。


毎月の給与の一部が「楽天経済圏」に入る流れができれば、サービス利用拡大につながる。同社は「ライフサイクルのなかでさまざまな支払いタイミングがある。その全てがビジネスオポチュニティ(機会)になる」との考えだ。


変わる〝25日支払い〟


給与振り込みを一手に受けていた金融界は今のところ、デジタル給与に対して「どこまで浸透するか見通せない」(九州地区地域銀行)、「取引先で検討する企業を聞かない」(東北地区地域銀)などの理由から多くは静観の構え。「銀行員は自分の給与を自行口座へ振り込むため、給与払い手段に対する感度が職業柄低い」(中部地区地域銀)という事情もある。


だが、中長期的には資金移動業者の参入で「預金の流入が細る」と警戒する見方が強い。個人客との最大の接点である給振りは預金の「入り口」となるためで、対応策を練る動きはこれから出てきそうだ。



デジタル給与が広がりキャッシュレス化が進めばATM利用者が減る可能性も(東京都内)

東京きらぼしフィナンシャルグループのきらぼしテックは、給与支払いの柔軟化をビジネス機会と捉える。同社は、働いた範囲内で必要な時に受けられる金利ゼロの社内融資制度「前給」や、デジタルウォレットの「ララQ」を展開。大規模チェーン店など約900社のパート・アルバイトが「前給」を福利厚生として利用してきたが、デジタル給与解禁の決定を受け、きらぼし銀行を通じて中小企業の正社員向けに提案を始めた。その結果、22年10~11月の2カ月間で約1100社が導入を決めた。


きらぼしテックの柳生清貴社長は「給与支払いが〝毎月25日に現金で〟という常識が変わる。もっと柔軟に使いやすいようにしたい」と話す。導入企業は、給与前払い制度として従業員からも好評で、人材採用でもアピールポイントになっているという。


同社は資金移動業者としてデジタル給与への参入を検討中。まだ決定したわけではないものの、柳生社長は「従業員のキャッシュレス化を実現してきた自負がある。我々としても大きなチャンス」と前向きな姿勢だ。


ことら送金では連携


決済基盤の接続などで、銀行が資金移動業者と連携するケースも出てきそうだ。


デジタル給与に参入する資金移動業者は、ATMなどで口座から1円単位で払い出せることや、少なくとも月1回は手数料無料で受け取れることが求められる。また、口座残高が100万円を超えたらすぐに、あらかじめ利用者から伝えられた銀行などの口座に超過分の資金を移す必要がある。これらを実現するために、金融機関との連携は不可欠となる。


銀行との間で少額の資金を移動できるネットワークとして注目されているのは、22年10月にスタートした「ことら送金」。大手行や地域銀のほか、8月以降には170信用金庫も対応予定で、利用できる金融機関の数は231となる。サービス開始当初から資金移動業者にも門戸を広げたものの加盟はまだゼロだが、デジタル給与への参入をきっかけに本格検討する動きも広がりそうだ。


従業員に給与を支払う企業が導入を決める場合、相応の準備も必要となる。大企業の場合、金融機関以外への振り込みに対応するためには大規模なシステム改修も見込まれる。中小企業では、給与の一部を資金移動業者に振り分けるための事務負担増大が懸念される。


そのため、金融・決済領域のプラットフォーム提供などを行うインフキュリオンの丸山弘毅社長は「金融機関に代わってペイロール(給与支払いの仕組み)を担うというよりも、一緒にサービスを実現するという動きが中心になるのではないか」と話す。


全国銀行協会の半沢淳一会長(三菱UFJ銀行頭取)は「各行の戦略に基づき、既に資金移動業者とさまざまな協業が行われている。賃金支払いにおいても、労働者や雇用主の企業向けにサービスを提供するために連携が進むこともあり得る」とみる。


「給振り」の責任重く


デジタル給与の制度設計に際し、銀行界の意見は資金移動業者向けのガイドライン案にも反映された。ただ、メガバンク幹部は「賃金のように必ずしも為替取引を目的としない資金が滞留する場合の取り扱いについては、実態を踏まえて今後も議論を継続していく必要がある」と指摘する。


給与振り込みを担う責任の重さを理解しているのかと危ぶむ声もある。11年3月11日に発生した東日本大震災の後、義援金口座への振り込み殺到などを要因に、みずほ銀行で大規模なシステムトラブルが発生。復旧に10日以上かかり、一部の給与振り込みにも支障が出た。他の大手行役員は「給与が口座に入らなければ怨嗟の嵐となる。当時、強烈な批判を見て、給与振り込みトラブルの恐ろしさを痛感した」と振り返る。


東北地区地域銀の行員は「セキュリティー面は大丈夫なのか。スマホやアプリに何らかのトラブルがあった場合の引き出しや支払いも不安」と話す。安全性をいかに担保するかが、デジタル給与普及への大前提となる。


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【実像】解禁 デジタル給与(上)「ペイ」に広がる門戸

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