【実像】節目のコロナ入院給付金

2022.09.29 04:44
保険・共済 新型コロナ 実像
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特例措置を大幅見直し


新型コロナウイルス感染者に支払う入院給付金が大きな節目を迎える。生命保険各社が特例措置として支払ってきた「みなし入院」の対象を、9月26日から大幅に絞ったからだ。政府が同日から感染者の全数把握を全国一律で見直す動きに合わせた形だが、突然の対象変更に不満や苦情を訴える顧客が増える懸念もある。”パンデミック”という異例の事態から落ち着きつつあるなか、奔走する生保各社の姿を追った。


支払い5000億円台も


生命保険協会加盟42社による新型コロナに関する入院給付金支払い実績は、2022年7月末時点で累計351万件、約3295億円にのぼる。特に、第6波の影響を受けた22年4~7月の支払額は2149億円。わずか4カ月で、20年3月~22年3月末比約2倍に増加した(グラフ参照)。


感染者数が第6波を上回る第7波の請求がピークを迎えるのはこれから。全体の支払額は5000億円程度に膨らむ可能性がある。


支払い実績の9割超は、自宅や宿泊施設で療養する「みなし入院」が占める。だが本来は、みなし入院は保険約款上の「入院」の定義(表)に該当しないため、入院給付金の支払い対象外だ。


それがなぜ支払い対象となったのか――。転機は、金融庁が20年4月に生命保険協会などへ発出した要請文だった。当時は、病床使用率の上昇でコロナ感染者が入院しにくくなったことから、自宅などで療養するケースも増えていた。


そうした状況を踏まえ、同庁は「前例にとらわれることなく、柔軟な保険約款の解釈・適用や商品上の必要な措置を検討していただきたい」と要請。これを受け、各社は「みなし入院」も支払い対象とする特別取り扱いを始めた。


みなし払い10%台に


だが、9月26日からは、これまでの対応が大きく変わる。政府が感染者の全数把握を全国一律で見直すことを決めたことが背景。感染者数を把握するための「発生届」の対象が、重症化リスクの高い患者に絞られる。


具体的には、(1)65歳以上(2)入院が必要な患者(3)重症化リスクがあり、新型コロナ治療薬・酸素の投与が必要な患者(4)妊婦――の4類型に限定する。それ以外の患者は、陽性と診断されても同届の対象外となる。


政府と歩調を合わせ、医療保険などを販売する生保39社は、9月26日から「みなし入院」の支払い対象を大幅に見直した。重症化リスクの高い4類型以外は、支払いの対象外となった。感染者数は増加しているものの、軽症者・無症状者の割合が高まっている状況や政府方針などを踏まえ、発生届対象外の患者は「常に医師の管理下において治療に専念している」(明治安田生命保険の約款)と判断できなくなるからだ。


ある生保は、支払い対象の縮小で「現状のみなし入院の支払いが10%台前半まで減少する」と見込む。


支払い対象の縮小で懸念されるのは顧客の反応だ。陽性の判明日が9月25日までなら「みなし入院」でも給付金の支払い対象だが、同26日以降は対象外となるからだ。


ある生保は「契約者が『支払うべきものが支払われなくなった』と感じられる可能性もある」として、苦情発生の可能性を不安視する。「約款の不利益変更となる、といった誤解が生じるリスク」(住友生命保険)も想定される。


生保協の稲垣精二会長(第一生命保険社長)は9月16日の会見で、「これまでの取り扱いと約款上の考え方を丁寧に説明し、ご理解いただくことが業界として重要」と強調した。



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稲垣会長は会見で、これまでの取り扱いと約款上の考え方を顧客にしっかり説明することの重要性を強調した(9月16日、生保協)

地域金融機関による保険の窓口販売でも、「みなし入院」対象見直しの影響はありそうだ。医療保険のニーズは年々高まっており、足元で「契約内容見直しの照会は増えている」(信用金庫関係者)という。


フコクしんらい生命保険は「まずは、弊社が代理店の地域金融機関に対して丁寧に説明し、ご理解いただくことが最重要」との姿勢。三井住友海上あいおい生命保険は「これまで通り、丁寧な説明による適切な募集を続けてほしい」と要望した。


「逆選択」問題解消へ


コロナ禍の長期化で課題も浮かびあがる。新型コロナに感染しているリスクが高いと知りながら高額の保険契約に加入し、その後すぐに給付金を請求する「逆選択」の問題だ。


一部生保では、新型コロナに感染後、請求すると最大60万円の入院一時金が受け取れる保険商品もある。高額な入院給付金を目当てに、濃厚接触指定や発熱など自覚症状のある人が保険加入後すぐに請求する不正事案も、複数社で確認された。


日本生命保険は、不正請求の発生を受けて、商品を指定するなど自発的な加入申し込みは一律に取り扱わないこととし、一部商品の引受保険金額の上限を引き下げた。


また、ある生保では、請求時の提出資料をもとに、「請求期間の妥当性」「疑わしい請求かどうか」「契約後早期の請求については発病時期が契約前でないか」を確認しているという。ただ、今回の対象見直しで、一連の不正請求自体が大幅に減るとみられる。


今後の商品設計にも影響が出てきそうだ。かんぽ生命保険は、不正請求の実態を把握するため、新型コロナに関する入院給付金の支払い状況を今後分析する。その結果をみた上で、商品性の変更や給付金額の上限設定を検討するという。ある生保は、「パンデミックなどが発生した場合の影響範囲や約款解釈などを踏まえた商品設計が求められる可能性がある」という。


代替書類の活用進む


足元では、過去最多の感染者数を記録した第7波の請求が始まっている。各社は迅速な支払いに向けて、態勢整備を急ぐ。


日本生命は、支払い部門の担当者を通常時の2倍にあたる約300人へ増員済みだが、さらに100人を追加配備する。明治安田生命も通常の1.7倍増の約310人態勢で臨む。第一生命は、契約者専用サイトなどからのデジタル請求の活用を推進する。


さらに各社は、給付金請求の際に必要な療養証明書以外の代替書類などの活用を契約者らに周知する。療養証明書を発行する医療機関や保健所などの事務負担を減らすためだ。


例えば、国が提供する健康管理ツール「マイハーシス」の証明や、自治体の健康フォローアップセンターの受け付け結果などが、代替書類になり得る。住友生命では、マイハーシスの陽性証明による請求を強力に推進。同ツールによる請求が全体の約7割を占める状況となるなど、着々と浸透しつつある。


生命保険業界にとって、コロナ禍は「これまで経験したことがない特殊な事例」(住友生命)だ。予想を上回る給付金請求や「みなし入院」への対応などに直面するなか、各社は社会的使命を全うするため粉骨砕身の覚悟で臨んできた。少しずつ見え始めてきた”出口”に向け、各社の奮闘は続く。

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