入門スタートアップファイナンス 第5回 中小企業とは異なる事業計画

2025.02.04 04:25
入門スタートアップファイナンス
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目次

 


現場で役立つ目線でスタートアップファイナンスを学ぶうえで必要な知識や考え方を解説する「入門スタートアップ」。これまで、日本におけるスタートアップの概要(第1回)、ベンチャーキャピタル(第2回)、ベンチャーデット(第3回)、スタートアップ特有の業界(第4回)と解説をしてきました。


そして第5回となる今回では、スタートアップ企業で使われる事業計画について解説をします。地域の中小企業が融資を申し込む際にも事業計画は必要となりますが、スタートアップの事業計画は通常の中小企業と違う点があります。


今回はスタートアップ企業の事業計画を構成する①プレゼンに用いられるピッチ資料、②エクセルで売上高や利益の予測を作成する売上利益計画、そして③株価や時価総額を計算する資本政策表の3つを中心に解説をします。


スタートアップが提供する情報の濃淡

地域金融機関が融資の検討をする際に、企業から提出されるのが事業計画です。加えて、金融機関側からは以下の提出も要求することがほとんどです。


・過去三期分の決算書(損益計算書と貸借対照表)


・資金繰り表もしくは、キャッシュフロー計算書


・直近の月次試算表


これらの提出を求めるという背景には、すでにこれまでの事業の実績があり、これら事業の延長として今後どのような顧客から売上高を獲得して、どういった資金繰りを通じて、どのように利益を得るかを金融機関側で把握したいということがあげられます。


一方で、スタートアップ企業の事業計画はこれらの事業計画とは前提が大きく異なります。具体的には次のとおりです。


・過去三期分の決算書が用意されていないこともある(そもそも設立3年未満等)


・VCからエクイティで調達したキャッシュ(第2回参照)について、バーンレートとランウェイ(第4回参照)で管理された資金繰り表が出てくる


・経理の体制が整っていない場合は、月次試算表の提出がタイムリーで提出されない場合がある


このような状況では、通常の事業会社とスタートアップから提供される情報量が異なり、融資判断が難しい場合もあります。


一方で、事業計画については、多くの場合、通常の事業会社よりもスタートアップ企業の方が洗練されている場合が多いです。その理由は、VC向けに事業計画が作り込まれていることやピッチ大会向けに常にブラッシュアップされているからです。


スタートアップ企業の事業計画は、パワーポイント、グーグルスライド、Canvaなどのプレゼンテーションツールで作成されることが多いです。


そしてこれら事業計画には多くの場合、次の内容が含まれています。


1)ターゲットとしている顧客像(いわゆるペルソナ)


2)顧客像が抱える課題や社会における課題


3)課題に対する解決策及び事業内容


4)事業のビジネスモデル


5)課題の市場規模


6)メンバーの経歴


7)売上、利益等の事業計画


8)資本政策表(株主価値を意味するValuationや株価等)



上記1〜8の構成する順番が変わることもあります。例えば、メンバーの経歴から説明することもあれば、いきなり事業内容から説明することもあります。しかしながら、本質的には上記の内容は含まれていることがほとんです。


その理由は、上記の内容をVCやエンジェルといったエクイティ投資家が求めているからです。すなわち、株式等のエクイティ投資を受けるためには、エクイティ投資家が求める水準での事業計画の内容が必要ということです。


借入に慣れているスタートアップ企業は、VC向けに作成した事業計画を金融機関向けにうまく調整して提出することがあります。一方で、借入経験の少ないスタートアップの場合、VCやピッチ大会(投資家に短時間で事業内容を伝えるイベント)向けの事業計画や資料をそのまま金融機関に提出するケースも少なくありません。そのような場合は、金融機関はスタートアップ企業に融資向けの事業計画を作成するよう助言することが多いです。


また、スタートアップが作成する事業計画においては、上記1)〜6)が強調され、7)の売上や利益等の部分はさらっと説明されることもよくあります。その理由は、まだあまり売上が立っておらず赤字をほっていて、仮説を検証しているフェーズにおいてはなかなか売上の見込みが立ちにくいからです。


もちろんスタートアップ企業においてはフェーズによって事業計画の解像度も変わってきます。スタートアップの成長フェーズは大きく分けると、「創業期」「シード期」「アーリー期」「ミドル期」「レイター期」等に分けられます。



(図表のクリックで拡大表示)
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この中で、創業期、シード期、アーリー期におけるスタートアップ企業においては7)の売上高や利益の数字の解像度がそれほど高くないことも多いです。


一方で、「ミドル期」や「レイター期」では、売上もそれなりに立ってきていることから、7)の事業計画の数字の箇所がよりしっかりしてきます。


スタートアップの事業計画を構成する3要素

「スタートアップ企業の事業計画」と一言で言っても構成要素は多くの場合、3つに分けられます。


それは、パワーポイント等で作成されたピッチ資料、エクセル等で作成された売上利益計画、そして株価や株式数が記載された資本政策表の3つです。以下でそれぞれ具体的に見ていきましょう。


一つ目のピッチ資料とは、上記1)〜8)をパワーポイント等でまとめた事業計画です。スタートアップの世界ではこのプレゼンテーション資料のことをPitch(ピッチ)資料、Deck(デック)、両方を合わせてPitch Deckと呼んでいます。


このピッチ資料は10~20ページ程にまとめられているケースが多いです。このような資料の枠組みはシリコンバレーが発祥と一般的には考えられています。


私自身、スタートアップの世界で働き出した頃、「デックを準備して」と言われて、頭の中が「?」になったことを鮮明に覚えています。このような呼び方は、通常のコーポレートファイナンスやプロジェクトファイナンスの世界でも存在せず、スタートアップ特有の呼び方と言えます。


二つ目は、売上高や利益計画が分析されている事業計画(以下、売上利益計画)です。これは多くの場合、エクセルやスプレッドシートで作成されています。この売上・利益が計算された売上・利益計画のエッセンスが上述したピッチ資料に記載されることになります。


スタートアップ企業によるエクセルで作成された事業計画の特徴としてはシナリオ分析が挙げられます。シナリオ分析とは、事業計画において複数の将来予測を立て、それぞれの状況に応じた対応策を検討する手法です。


シナリオ分析は多くの場合、三つ作られます。一つ目は、通常ケース、二つ目はアップサイドケース、そして最後がダウンサイドケースです。スタートアップの事業は必然的にハイリスクハイリターンのことが多いです。そのため、うまく行った時とうまくいかなかった時のシナリオ分析が肝要になってきます。


ここで重要なことは、金融機関がスタートアップ企業の融資を検討する際には、金融機関向けの売上利益計画もきちんと提出をしてもらうということです。VC等に提出する事業計画は多くの場合、エクイティ調達を前提に赤字を掘った計画になることが多いです。


このようなシナリオは認めつつも、金融機関の担当者としては、借入といったデットを活用する際の事業計画のシナリオをきちんと作ってもらうようスタートアップ企業に要請することが重要です。


加えて、事業計画には必ず資金繰り表やキャッシュフロー計算書といった資金繰りが見えるものを作成してもらうようにスタートアップ企業にリクエストしましょう。第4回で書いたバーンレートとランウェイもすぐにわかるようにすることが求められます。


資本政策表から資金調達状況を読む

最後の三つは資本政策表です。実務ではCap table(キャップテーブル)とも呼ばれています。おそらく普通の中小企業の融資を検討する際に、資本政策表を金融機関がリクエストするようなことはほぼないと思われます。なぜならば、中小企業では株式を使って外部から資金調達をすることはそれ程多くないからです。


一方で、スタートアップ企業については第2回でも解説したように、エクイティでの調達が中心になります。エクイティで資金を調達をする場合、調達をすればする程、株式の希薄化が進むことになります。「株式の希薄化」とは、企業が新たに株式を発行することで、既存の株主が保有する1株あたりの価値や権利が相対的に低下する現象を指します。


例えば資本金100万円で会社を創業したとします。この場合、創業者による株式の持分は100%になります。続いて、エンジェル投資家一人から時価総額1,000万円で100万円を調達した場合、このエンジェル投資家の株式の持分は10%(=100万円÷1000万円)になり、創業者の持分は90%に減ることになります。なお、希薄化は、調達額÷時価総額(調達後の金額を含めたもの。いわゆるポストバリューション)で計算できます。


このように株式を発行すればするほど、株式の希薄化が進むことになります。ただし、株式の時価総額を上げることで、希薄化は抑えることができます。例えば、先ほどの例で、時価総額を1億円として100万円調達した場合、希薄化は1%(=100万円÷1億円)ですみます。このように、スタートアップ企業では時価総額を上げることで希薄化を抑えたいという願望があります。


なお、時価総額とは株価×発行済株式数で計算されるもので、実務ではValuation(バリュエーション)と言われたり、学術的には「株式価値」や「株主価値」と言われるものです。企業価値と表現されることもありますが、学術的には株式価値と企業価値は別のものと考えられています。


資本政策表は、上述したような調達金額、時価総額、株価、時価総額、株主等が記載された一覧です。具体的には図表2のようなものです。この資本政策表では、実際の調達に加えて、今後の調達の予定について書かれていることも多いです。



(図表のクリックで拡大表示)
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また、資本政策表には、時価総額が売上高の何倍かを示すPSR(Price Sales Ratio)や時価総額が当期純利益の何倍かを示すPER(Price Earnings Ratio)が記載されることもあります。つまり、売上利益表とも連動して作られることになるのです。PSRやPERの考え方については以下の図表をご参考のこと。



(図表のクリックで拡大表示)
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資本政策表には、株主や株主の持分もかかれることになるので、どういった投資家がスタートアップ企業にどのタイミングでどのぐらい投資をしているかも知れるようになります。そのため、融資を判断する際にも重要な材料になります。


融資検討時に注意すべきポイント

これまで見てきたように、スタートアップ企業の事業計画は、通常の事業会社が提出する事業計画とは異なる特徴を有しています。これらを用いて、金融機関が融資の可否を判断するには次の点に気をつけることが必要です。


第一に、売上利益計画のシナリオが金融機関用になっているかです。VC等のエクイティ投資向けの売上利益計画を金融機関が受け取っても、融資を行うのが難しいのが実情です。この点についてはスタートアップ企業としっかりと対話をして、融資を借り入れるための売上利益計画のシナリオをスタートアップ企業側に作ってもらうことが肝要です。


第二に、きちんとスタートアップの事業の仮説検証が行われているかどうかの確認をすることが大切です。スタートアップの事業は多くの場合、未知の価値を訴求するものです。そのため、売上が立つには時間がかかる場合もあります。売上が大きく伸びる前段階として、顧客の課題をきちんと解決できているプロダクトやサービスになっているかの検証プロセスの確認が重要になってきます。この検証プロセスがしっかりできていない場合は、融資を行うのは難しくなるものだと考えられます。


最後は資金繰りです。赤字を掘るようなスタートアップ企業は融資を借りた後に、VC等のエクイティ投資家から資金調達をするのがほとんどです。そのため、第4回で解説をしたバーンレートとランウェイ(連載第4回ご参照)をしっかりと確認するとともに、エクイティでの調達の確度をしっかりと押さえるようにしましょう。また、売上高が想定よりも伸びない場合に、人件費、家賃、広告宣伝費等をどれだけカットできるかのシミュレーションも確認しておきましょう。これらのシナリオ分析のテストに耐えることができて初めて融資の検討の土台に乗ると言えます。


今回はスタートアップ企業の事業計画について解説を行いました。融資を検討する場合は、通常の事業会社と同じ点ももちろんありますが、情報が少ない部分があると同時に、通常の企業よりも情報がたくさんあるところもあります。これらのポイントを押さえて融資を検討することが肝要です。



株式会社ファインディールズ代表取締役 村上  茂久(むらかみ しげひさ)氏


株式会社ファインディールズ 代表取締役、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授、跡見学園女子大学兼任講師。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業(https://finedeals.jp/)。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』 『一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング』(ともにPHP研究所)、『決算分析の地図 財務3表だけではつかめないビジネスモデルを視る技術』(ソシム)。


◇ バックナンバー ◇


第1回 スタートアップの特徴をおさえる


第2回 VCはなぜ赤字の企業にも資金提供ができるのか?


第3回 活性化するベンチャーデットの現在地


第4回 バンカーに馴染のない業界用語

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