資産運用立国2年目の論点 第3回 水平分業型で実現する運用業の開放

2025.01.20 04:35
資産運用立国2年目の論点
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2023年12月に策定・公表された「資産運用立国実現プラン」の目玉のひとつとして位置づけられているのが、投資運用関係業務受託業に係る新たな制度の導入や投資運用業者の運用権限の委託の範囲の見直しだ。昨年の国会での金融商品取引法の改正を受け、現在は今年5月までの施行に向け、準備が進められているところである。これらの諸施策は、新興・海外資産運用会社の新たな参入と業界内の競争を促進するためのものと位置付けられ、「資産運用立国実現プラン」における別メニューである新興運用業者促進プログラム(日本版EMP/Emerging Managers Program)とセットとされている。


だが、実は我が国の資産運用業界がこれから発展していくうえで真に期待されるところは、むしろ既存の資産運用会社の事業モデル転換を通じた効率化・高度化であり、更には不芳な資産運用会社や投資信託商品等の退場をスムーズにするためのソフトランディングのための手段である。



新興プレイヤーが抱えるジレンマ


日本での資産運用会社の新規参入は非常に難易度が高いというのはしばしば言われる。過去に実際に資産運用会社(投資信託委託会社兼投資一任運用会社)を立ち上げ、経営していた私自身の経験からしても、身に染みて実感するところである。資産運用会社を新しく立ち上げようとするのは、お客様により良い資産運用サービスを提供したいという想いを持っていたり、ターゲットとする市場に収益性・成長性を見出したりする等、どちらかというと投資運用業務や事業開発業務等のフロント領域を強みとしている人間が多いように思われる。


しかしながら、実際に会社を立ち上げ、資産運用事業に必要なライセンスを登録(取得)し、事業を開始しようとしたときにはたと気づくのは、ミドルバックオフィス業務の位置づけが非常に重く、事業運営に係る費用のほとんどがそこでかかってしまう。また、経営者のマインドシェアの多くがミドルバックオフィス業務に奪われてしまうのも、事業成長にとっては同じくらい深刻な問題である。


いつのまにか、お客様に良いサービスを提供したい、ビジネスを大きくしたい、という当初の想いは薄れてしまう。とにかくミドルバックオフィス業務を安定的に運営し、願わくばそこでかかる費用をなんとか圧縮し、利益を確保したいという願望で頭がいっぱいになる。目的実現のための手段であるはずのミドルバックオフィス業務が途中からは半ば目的化してしまうかのような錯覚に陥ってしまうのも、新興資産運用会社の立ち上げあるあるではなかろうか。


こうした残念な事態を避けるため、もしくは最初からリソースが十分ではないと諦め、ライセンスの登録(取得)や業務運営の負担が比較的小さな投資助言業者等の業態を選択する会社も少なくない。ただ、グローバルの他の主要国と同様に、日本においても投資家からの需要が最も強いのは、投資一任運用や投資信託等のスキームである。これらスキームは確かにライセンス登録(取得)の手間も業務運営の負担も大きいが、サービスやビジネスを大きくしようとすると、どうしても避けられない。即ち、直面するミドルバックオフィス業務の負担から逃れようとすると、サービスやビジネスが大きくなりにくいというジレンマに陥ってしまう。


日本特有の「自前主義」


この残念なジレンマの背景にあるのが、日本の金融・資産運用業界に根強くはびこる「自前主義」の慣行だというのが、今回の「資産運用立国実現プラン」策定にあたって当局が前提とした問題意識である。「自前主義」、別の言い方をすると「垂直統合型の事業モデル」とも表現できるが、他の非金融業界においては、過去数十年で大きく解消された硬直的な事業モデルであるが、こと資産運用業界においては、役割分担を通じた事業効率化を目指す「水平分業型の事業モデル」が普及せず、何でもかんでも自社で対応すべきであるという考え方が今なお根強く残ってしまっている。


この点、日本以外のグローバルの主要国においては、資産運用会社のミドルバックオフィス業務の外部委託やアセットマネジメントとファンドマネジメントの分離等は業界の事業インフラとして整備されている。一般的に活用されているものであり、「水平分業型の事業モデル」が新規参入の前提となっている。例えば、資産運用ビジネスの拠点として知られる英国・ロンドンにおいて、優秀な投資運用チームのメンバーが2‐3名で資産運用会社を立ち上げ、短期間で事業を大きくすることが珍しくない。その背景には欧州の資産運用業界でこのような水平分業を支える事業インフラが十分に整備されているためだ。


実は、日本の資産運用業界においても、主要国のような事業インフラが一切なかったわけではない。以下のような外部委託事例が実際のところ少なからず行われてきた。


① 投資信託委託業を営む運用会社


投信計理や法定開示資料作成等のミドルバックオフィスの専用事業者への外部委託


② プロ向け投資運用業者


コンプライアンス業務の弁護士事務所等への外部委託


③ 海外の運用会社


日系の投信委託会社と連携した水平分業的な事業モデルで日本市場に参入(サブアド)


ただ、コンプライアンス業務の外部委託はどの業態でどの程度の範囲で認められるのかが曖昧だったり、基準価額計算を投信受託銀行に全面的に委ねたりすることの法的な整理が十分でなかったりなど、なかなか実務的には堂々と使えないというところもあったのが実情だ。あまり法的・合理的な根拠がなかったとしても、長年それでやってきたという事業慣行を尊ぶという日本人の精神性もあいまって、資産運用業界における「垂直統合の事業モデル」が、絶対的というまではいかないにせよ、事業モデル構築・運営の前提となってしまっている。今となっては誰も正面から手を付けにくくなってしまっていたという面もあったのではないだろうか。


本質は運用ビジネスの収益性


こうした状況に対し、「水平分業型の事業モデル」への転換の方針とモノサシを明確に定め、示したのが、今回の「資産運用立国実現プラン」のこの領域の具体的施策の意義のひとつであろう。資料②の通り、ミドルバックオフィス業務の外部委託が望ましいという方向性を示すとともに、これまで曖昧だったミドルバックオフィス業務の役割分担に関する基準等を明確にした。さらに投資運用業者の運用権限の委託範囲の見直しを通じ、アセットマネジメントとファンドマネジメントの役割分担も明示的に可能にすることで、「自前主義」のとらわれた我が国の資産運用会社を開放する効果が見込まれる。


具体的な内容は今後数か月内に定められる内閣府令の公表を待つ必要がある。ミドルバックオフィス業務の外部委託に対し、新興運用会社等にインセンティブが提供されることは、日本の資産運用業界を「水平分業型の事業モデル」へと転換する後押しになるとも思われ、その効果を大いに期待したい。



ただ、水を差すようで申し訳ないが、今回のこれら施策が日本の資産運用業界にとってポジティブであることは間違いないが、政府が期待するような新興・海外資産運用会社の新規参入がこれら施策のみによって増加すると期待するのは早計であるように思う。


資産運用会社も営利を追求する私企業である以上、そこに収益性や成長性が見いだせなければ、新規参入という判断を行うことは難しいことは言うまでもない。ミドルバックオフィス業務という非競争領域での費用負担等を抑制することは収益性の向上のために必要なことは否定しないが、それは収益を生み出す前提となる案件受託があってのことである。費用負担が小さい形で新規参入できたとしても、マンデート獲得が見込めないのであれば、何の意味がない。


私がいつも政策関係者に申し上げることだが、日本の商社が中南米やアフリカ、中東等の危険な国・地域にまで駐在員を派遣し、高額の駐在費用や危険手当を負担しているのは、そこに大きな成長性が期待できるからである。ターゲットとする国・地域に日本語学校や日本食レストラン等の暮らしがしやすいインフラが整っていたり、補助金をはじめとする費用を抑える施策が充実していたりというのは、望ましいことではあるが、進出を決断するに足る十分条件ではない。


国内外から資産運用会社の新規参入の実現を目指すのであれば、これらミドルバックオフィス業務の負担軽減のための施策のみならず、アセットオーナーシップ改革における諸施策とも連携し、新興・海外資産運用会社が収益性・成長性を見込めるような事業環境を整備することも合わせて必要であることはひとこと付言しておきたい。


本丸は既存運用会社のリストラ


さて、投資運用関係業務受託業に係る新たな制度の導入や投資運用業者の運用権限の委託の範囲の見直し等の具体的施策は、「資産運用立国実現プラン」においては、新興・海外資産運用会社の新規参入を促進するためと位置付けられているが、本当にそうなのだろうか。


まず短期的には新興・海外資産運用会社の新規参入という形でこれら諸施策の効果が現れるだろう。ただ、実際のところ中長期的に「水平分業型の事業モデル」への転換の真の主戦場として期待されるのは、既存の資産運用会社であり、これから日本でも資産運用立国の旗印のもと、既存の資産運用会社の事業リストラクチャリングが大きく進むであろうと予想する。


資産運用というビジネスは、お客様に対し、投資運用対象の金融商品等の価値判断やその投資判断に付随する付加価値業務をサービスとして提供するもの。本来的にはそこまで業務運営に大きな負担を伴うものではない。極端な話をすると、最も重要な部分である投資判断については、投資判断者の頭脳と紙とエンピツがあれば成り立つものであり、それ以外の付随業務はその付加価値を高めるためのものでしかないはずである。


それにも関わらず、我が国の大手資産運用会社の経営状況に目を向けると、ミドルバックオフィス業務部門の業務増大に伴って図体が大きくなり、高付加価値業務を支える人員数やシステム等の負担に引きずられる形で、営業利益率が低位で推移してしまっているところがほとんどどであるように見受けられる。事業規模が大きくなればなるほど、営業利益率も向上していくことが可能というのが本来の事業モデルのはずだ。新たな付加価値を創出する工夫を放棄し、手数料引き下げに興じることを尊ぶ業界の風潮もあるだろうが、やはり根底には「垂直統合型の事業モデル」、つまり「自前主義」がひとつの要因として存在することは間違いない。


その意味で、ミドルバックオフィス業務の外部委託等の諸施策は、新興・海外資産運用会社よりもむしろ、既存の大手資産運用会社が自らの事業モデルを抜本的に見直し、事業生産性を高めるための改革を進めるものと考えられる。「資産運用立国」構想が、日本のこれからの経済をけん引するよう資産運用業を産業として育成することにあるのだとすれば、資産運用会社はより大きく儲け、より多くの雇用を生み出し、より大きくGDPや税収に貢献することが求められている。


ミドルバックオフィス業務の外部委託や投資信託の基準価額の一者計算、更には運用指図の全部委託等を用いた日本版ファンドマネジメントカンパニーによる投信委託会社の業態転換等を通じ、既存の資産運用会社が生産性を高くする余地は非常に大きなものがある。


その先には、資産運用会社や投信商品の間での競争の活発化が掲げられているが、そこには勝者が得る果実という明るい面のみならず、敗者が退場を強いられるという暗い面が伴うことにも目を向ける必要がある。昨年秋にPayPayアセットマネジメントが投信事業から撤退し、自主廃業すると公表したことは記憶に新しい。これから日本でも運用報酬の低下が進み、競争が激しくなるにつれ、同様の判断を強いられる資産運用会社も少なからず出てくることが予想される。


プレイヤーや商品の新陳代謝が進むという意味では、業界全体にとって必ずしも悪いことではない。そのやり方があまりにも突然過ぎると、お客様をはじめとするステークホルダーへのネガティブな影響が大きく、全体にとっても悪影響が懸念される。率直に言って、PayPayアセットマネジメントの事案はそのような悪影響が大きかった事案であり、そのハードランディングシナリオを選ばざるを得なかった点について、業界として反省すべきものであろう。


業界全体として競争の活性化と新陳代謝という効果を期待しつつ、ハードランディングを避けるためにも、今回のミドルバックオフィス業務の外部委託に係る諸施策は活用されるべきである。仮に収益面で困難に直面する資産運用会社が出てきたとしても、一気にハードランディングシナリオに突き進むのではなく、業態転換を含む事業モデル改革に取り組みつつ、ソフトランディングシナリオを模索できるというのも今回の一連の諸施策に期待される。


「資産運用立国実現プラン」は一見すると広範な取り組みであり、そのなかで直接関係しそうな「資産運用業改革」も新興・海外資産運用会社向けのものであるような印象を受けるが、その本質は日本の資産運用業界の生産性を高めるための事業モデル改革の問題提起と方向性の提示である。今回の諸施策の施行を機に、金融・資産運用業界の関係者が自分たちごととして捉え、「資産運用立国」の実現に向け、総力を結集することを期待したい。



株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長 大原 啓一 氏(おおはら けいいち)


2003年3月東京大学法学部卒業。10年7月ロンドンビジネススクール金融学修士課程修了。野村資本市場研究所を経て、04年7月から15年3月まで興銀第一ライフ・アセットマネジメント(現アセットマネジメントOne)の東京・ロンドンオフィスで主に事業・商品開発業務に従事。15年8月にマネックス・セゾン・バンガード投資顧問を創業し、17年9月まで同社代表取締役社長。18年5月に日本資産運用基盤を創業。


◆◆◆ バックナンバー ◆◆◆


第1回 実行段階に移った「実現プラン」


第2回 顧客本位と安定収益、両立できるか


◆◆◆ JAMPの過去の連載・寄稿 ◆◆◆


バンカーを輝かせる業績評価(22年10月~23年3月)


再考・預かり資産ビジネス(23年8月)


転換期の有価証券運用(23年10月~24年1月)


ファンドラップ戦国時代~勝ち残る条件~(24年3月)


原点回帰~預金は信用の証~(24年8月)


 

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