人的資本経営とは?注目されている理由や具体的な取り組みについて紹介

2023.11.14 14:20
人材育成 人的資本
メール 印刷 Facebook X LINE はてなブックマーク
人的資本経営とは

人的資本経営に経営者・人事担当者が理解して取り組むべき状況になっています。人的資本経営の概念やメリットを理解して、積極的に取り組みを始めたいと考えている方もいるでしょう。この記事では人的資本経営とは何かを具体的な取り組みと合わせてまとめました。注目されている時代背景と、これから人的資本経営に取り組むメリットも解説します。人材戦略のあり方を考える上で重要な3P・5Fモデルも説明しておりますので、ぜひ活用してください。


 


人的資本経営とは


人的資本経営とは、企業が競争力を獲得する上で軸となる人材を「資本」あるいは「人財」として認識し、持続的に価値を生み出す経営方法です。企業にとって人材は価値創造の基盤になっています。企業が抱える無形資本の一つとして位置付けて、資本価値を向上させる戦略を立てて経営を進めます。


例えば、人材の能力を引き出したり、意欲を向上させたりすることで新しい製品アイデアを生み出せる可能性を切り開きます。内部の人材だけでは推進できない事業に対して、外部から人材を採用することによって進めることも可能です。このような人材の育成や確保などを通して人的資本の価値を高めるのが人的資本経営の基本です。


人的資本経営が話題になったきっかけは経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書 人材版伊藤レポート」で人的資本経営が具体的に取り上げられたからでした。2020年の報告を受けて人的資本経営の実現に向けた検討会が開始され、人材版伊藤レポート2.0が2022年に発表されています。


これまでの経営理論における「人材=資源・コスト」という考え方から、投資をして価値を生み出す源泉として活用するという視点での経営に変わっているのが大きなポイントです。人的資本経営では事業による価値創造において経営側が「人財」にコストをかけて、中長期的に大きなイノベーションを起こせるようにすることが重視されています。


参照:


持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書|経済産業省


人的資本経営の実現に向けた検討会報告書|経済産業省


 


これまでの人材戦略とどう違うのか?


出展:人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~


人的資本経営では企業で進められてきた人材戦略とは変革の方向性が異なります。人材は管理する資源という視点から、価値創造のための資源として投資する対象に位置付けられています。今までは人事部が中心になっていた管理体制から切り替え、経営者や取締役会がイニシアチブを取り、積極的な対話をしながら人材戦略を立てて推進・モニタリングをする仕組みです。


人的資本経営では「選び、選ばれる関係」の雇用を重視し、個人が自律してモチベーションを上げ、価値創造を続ける体制を整えます。囲い込み型の相互依存的な組織・コミュニティを脱却して変革を起こすのが特徴です。


 


人的資本経営が注目される背景とは

人的資本経営の注目度が高まっているのは経済産業省がレポートを出したことだけが理由ではありません。背景にある現代の状況を解説します。


 


(1)企業経営に向けられる社会的視点の変化

人的資本経営を企業が重視しなければならない状況が生まれた原因として大きいのは社会的視点の変化です。4つの視点の変化が企業の意識に変革を起こしています。


 多様な人材・働き方からの視点

人材の多様化は人的資本経営の必要性を高めました。働き方改革の影響も受けて、テレワークやワークフロムホーム、短時間勤務制度の利用などのワークスタイルについてもこだわりを持つ人が増えています。老後になっても働きたいシニア労働者や、外国人技能実習制度などを利用して働きたいと考える外国人労働者も増加しました。多様化する人材を加味して、企業としてのパフォーマンスを最大化する施策が必要になっています。


 投資家からの視点

投資家の企業価値に対する認識の変化によって人的資本経営が必要になってきました。人的資本、知的資本、自然資本、社会・関係資本といった無形資本が、財務資本や製造資本のような有形資本よりも重要と考える投資家が増えてきています。日本は資源国ではないため、人が生み出す価値が高く評価される傾向が強まっているのが現状です。人的資本の価値を可視化して情報開示し、投資家に企業価値が持続的に成長すると示さなければ高く評価されません。


 世界的動向からの視点

人的資本経営に取り組まなければならない時代になったのは、世界的な影響も大きく受けています。ESGを重視する時代になり、SDGsへの取り組みも強く求められています。ダイバーシティを重視して貴重な人的資本を持つ企業に成長することが、持続可能な社会を築き上げる要として世界的に期待されているのが現状です。多様化する人材の価値を向上させ、働きがいのある環境を構築して企業も経済も成長させることが必要になっています。


 デジタル化時代の経営戦略からの視点

デジタル化によって人的資本経営を検討すべき時代になったという視点もあります。ITやAI、データなどの活用によるDXは経済産業省も積極的に推進しています。デジタル化によって自動処理可能なルーチン作業は機械化され、人材は価値創造に注力することが求められる時代になりました。今後の更なるIT活用も加味し、時代に即した能力や経験を持ち、競合との競争力を獲得するためには人的資本を活用して成長する道筋を立てることが必要です。


(2)技術の進歩による市場の成熟

人的資本経営が注目されているのは、技術革新と市場の関係による影響も受けています。現代は第四次産業革命と呼ばれるAIやロボティクスの活用が進められている時代です。データドリブンの自動的な最適化・効率化が当然のようにできる時代が到来しようとしています。市場が成熟した段階で競合優位性を獲得するには、次の時代を見据えた取り組みが必要です。


創造力を生かしてイノベーションを起こす人的資本を育て上げていくことが重要な解決策の一つです。生成AIの登場によって人のクリエイティブなスキルも凌駕されるリスクが高まっています。このような環境下でも「人財」としての価値を持つように人材の育成・選定をすることが必要な時代です。


 


企業が人的資本経営に取り組むメリットとは


人的資本経営に企業が本格的に取り組むと持続的に成長する基盤を作り上げられます。ここでは人的資本経営のメリットを解説します。


1.従業員エンゲージメントの向上

人的資本経営に取り組むことで従業員エンゲージメントが上がります。従業員がやりたいことに取り組めるだけでなく、業務や人材教育を通して成長したい方向性に向かえるようになると自発的に取り組んでもらうことが可能です。従業員のエンゲージメントの向上は創造的な発想による新規価値の創出につながるイノベーションの源泉です。仕事のモチベーションの向上によって継続的に働きたいという気持ちも高めることができます。


2.生産性の向上

パフォーマンスの向上は人的資本経営によって得られる大きなメリットです。人材の育成や獲得を通して新しいスキルを持つ従業員が増え、各人材がチームワークを発揮できる素養を身に付けると生産性が飛躍的に向上します。個人レベルでのパフォーマンスは組織全体に影響を及ぼすので重要なポイントです。研修を通して習得した新しいスキルを持つ人材を生かし、システムを導入してさらに業務効率化をするといった戦略も立てることが可能です。


3.企業のブランディング・アピールが可能に

人的資本経営はブランディング効果があります。ESGやSDGsへの取り組みと同様に、人材投資の取り組みは企業価値として社会に発信する価値があるからです。「人財」を生かして成長機会を与え、価値創出に生かしていく方針を明確にすると好印象を与えられます。企業価値の認知が広まれば、優秀な人材も投資家も集まりやすくなります。人材と資金を同時に強化して、さらに競合優位性のある価値創造力を高めていくことが可能です。


4.適切な人材構成の組織構築

人的資本経営によって組織構築を進められます。人的資本経営では経営戦略やビジネスモデル、注力事業などに基づいて適切に人材の育成や獲得をすることが必要です。現状の従業員の能力を可視化して評価し、今後の事業展開に必要な人材をタイムリーに獲得することが可能になります。IT活用による業務効率化による影響も考慮し、組織の人材構成を中長期的な視点で管理できる体制を整えられるのも人的資本経営のメリットです。


人的資本経営のフレームワーク「3P・5Fモデル」とは


出典:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~(概要)


人的資本経営ではフレームワークとして「3P・5Fモデル」が注目されています。3Pモデル+5Fモデルの構成になっているので、それぞれの詳細を解説します。


3Pモデル

3Pモデルとは人的資本経営を考える際に考慮すべき視点(Perspectives)を3つの観点でまとめたモデルです。人材戦略を立てるときには企業の置かれている状況によって適切な戦略が異なります。3Pモデルでは以下の3つの観点が共通して必要と捉えているのが特徴です。


・人材戦略と経営政略のシナジー・連動


・現在と理想のギャップの分析・把握


・戦略実行による行動変容を促進する企業文化の存在・醸成


人的資本経営では経営における人材の立ち位置が今までとは違います。経営戦略と人材戦略を連動する形で策定して推進することが欠かせません。人的資本の価値を引き上げる戦略が経営の全体計画とシナジーを発揮し、それぞれの戦略の取り組みが相乗効果を引き出す必要性があります。As Is-To beギャップを分析し、現状と理想の違いを定量的に把握して戦略を構築することも不可欠です。


3Pモデルでは策定した人材戦略によって人的資本経営を実現する基盤として企業文化の醸成を重視しています。人事施策の推進を当然のように受け入れていく文化が存在すれば人的資本経営を進めやすくなります。経営理念や行動指針の策定、社員研修の実行によって経営・人材戦略を推進する企業文化の醸成が重要です。


5Fモデル

5Fモデルとは人的資本経営において業種や業態によらずに求められる共通要素(Common Factors)をまとめたモデルです。5Fモデルでは多様化する個人と企業の組織を分析し、以下の5つの要素が必要とまとめています。


・活躍できる人材ポートフォリオの構築


・ダイバーシティを活用できる環境


・リスキリングによってギャップを埋められる体制


・従業員エンゲージメントが高まる環境


・多様化する働き方への適切な対応


5Fモデルの基盤として位置付けられている要素は動的な人材ポートフォリオです。動的な人材ポートフォリオとは経営や競合の状況などの環境変化や経営戦略・人材戦略の変変更に伴って人的ポートフォリオを柔軟に変更できるケイパビリティがあることです。人材ポートフォリオとは人材のスキルや経験などの個別の能力や可能性に加えて、全社での人材の構成や配置を指します。


人材の全体像と経営・人材計画の差異を把握し、適材適所の配置変更やリスキリングを進めることが重要です。多様化する人材を生かし、企業組織としての理想的な経営に基づく事業計画を実現するための人材ポートフォリオ管理が必要な要素です。


5Fモデルでは個人と組織を効果的に活性化するために3つの要素が必要と捉えています。知・経験のダイバーシティ&インクルージョン、リスキル・学び直し、従業員エンゲージメントです。


人材が持つ能力も世の中のニーズも多様化が進んでいる状況を加味し、ダイバーシティを受け入れて積極的に戦略に取り込むことが採用の観点では重要な要素です。また、育成の観点ではリスキリングを進め、既存の従業員がさらに価値を生み出せるようにすることが欠かせません。ダイバーシティの受け入れやリスキリングを従業員が主体的になって取り組む体制・文化の構築によってエンゲージメントを高めると人的資本経営が円滑に進みます。


5Fモデルにおける5つ目の重要な要素が、時間や場所にとらわれない働き方の実現です。業務によっては必ずしも出社する必要はなく、自宅勤務でも対応できます。従業員が希望するワークスタイルと、経営戦略や事業戦略に合う働き方を擦り合わせて体制を整えることが必要です。


 


人的資本経営における情報開示のあり方は

人的資本経営を進める上で必要なのが人的資本の開示をする方法です。投資家や採用候補者から魅力のある企業として認知してもらうためには、情報を公的に開示する必要があります。従業員個人の情報を開示すると個人情報管理の問題が生じるため、企業としては情報開示のあり方の判断が容易ではありません。しかし、情報の透明性を求める社会になり、情報開示を促す動きも強まっています。


企業で人的資本経営をする際には国内外の法的な状況と、投資家や人材の意識のあり方を加味した情報開示が必要になっています。上場企業については改正開示府令と呼ばれる「企業内容等の開示に関する内閣府令」が2023年1月31日に改正され、情報開示の義務が増えました。人的資本とダイバーシティについての情報開示が義務化されています。


グローバルには国際標準化機構(ISO)によるISO30414が人的資本についての情報開示の共通ガイドラインとして用いられています。ISO30414は11の領域と58の指標に分けられていて、情報開示を重視する方針で運用するのに適している国際的なガイドラインです。ISO30414で定められている11の領域は以下のようになっています。


・コンプライアンス・倫理


・コスト


・ダイバーシティ


・リーダーシップ


・企業文化・組織文化


・健康・安全・福祉


・生産性


・採用・異動・離職


・スキル・能力


・後継者育成


・労働力


日本では内閣官房の非財務情報可視化研究会が「人的資本可視化指針」を示しているので、人的資本経営における情報開示ではとても参考になります。この指針では人的資本の可視化についてサステナビリティ経営の重要要素として取り上げ、可視化による経営者・投資家・従業員による相互理解を深めることを期待として掲げています。


人的資本の情報開示では人材育成方針や社内環境整備方針について、自社の環境分析に基づいて必要指標を明確にして説明することが期待されています。人的資本投資による競争力の向上を目指すことを説明できるフレームワークを活用して納得できる戦略を立てて明確化することが必要です。また、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標というTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosure)の4指標に基づく開示も求められています。このような観点から独自性と比較可能性を加味し、企業価値向上かリスクマネジメントかを明確にして開示する必要があります。


参照:企業内容等の開示に関する内閣府令 | e-Gov法令検索


参照:人的資本可視化指針|非財務情報可視化研究会


 


人的資本経営の具体例

人的資本経営の必要性や全体像がわかっても具体的に何をすべきかを考えるのは容易ではありません。ここでは企業の人的資本経営の取り組み例を紹介するので参考にしてください。


オムロン

オムロンでは「ダイバーシティ&インクルージョン」をコンセプトとして掲げて人的資本経営を推進しています。人的創造性(付加価値/人件費)を自社指標として掲げて積極的な人的資本投資による人的付加価値の向上を目指して取り組みを続けているのが特徴です。2024年計画では2021年比+7%の人的創造性の向上を数値目標としてグローバル研修の実施や自己啓発支援などに積極投資を進めています。


オムロンでは長期計画の「Shaping the Future 2030(SF2030)」で人財戦略ビジョンとして「会社と社員が、”よりよい社会をつくる”という企業理念に共鳴し、常に選び合い、ともに成長し続ける」と掲げています。オムロンでは人財投資だけでなく、ジョブ型人事制度を導入したり、「The OMRON Global Awards (TOGA)」によるインセンティブ制度も設けたりすることで、従業員が自ら成長して社会課題の解決に取り組む基盤を整えています。


参照:


人財アトラクション | 社会 | サステナビリティ | オムロン


価値創造にチャレンジする多様な人財づくり|オムロン


伊藤忠商事

伊藤忠商事では「厳しくとも働きがい」のある会社を築き上げるための人材戦略を経営者自らがコミットして人的資本経営を推進しています。労働生産性や企業価値の向上を通して結果を出すために、優秀な人材の確保から始めて、持続的な能力開発や健康力の向上、働き甲斐のある職場環境の整備を進め、経営参画意識の向上を図ることを目指しています。そして、労働生産性や企業価値の向上が新たな人材の確保につながるサイクルを生み出すのが伊藤忠商事の人材戦略です。


伊藤忠商事では中国人市場の拡大に伴って中国語人財の増強を図るなどの現場で必要なスキルの拡張に取り組んできました。また、伊藤忠商事ではエンゲージメント・サーベイを実施して自社戦略の有効性も発信しています。従業員だけでなくステークホルダーも巻き込み、「三方よし」の経営理念を貫く人的資本経営を進めています。


参照:


人的資産|伊藤忠商事株式会社


人材戦略|伊藤忠商事株式会社


【まとめ】

人的資本経営とは企業資産として「モノ」「カネ」「情報」と並べて捉えられてきた「人材」を資本として捉え、企業価値を高める源泉とする経営のあり方です。経済産業省によってまとめられた3P・5Fモデルは、企業が人的資本経営を通して競争力を生み出す価値創造を続ける体制を整えるフレームワークとして役に立ちます。価値のある人材を獲得するだけでなく、育て上げるという視点も持って人材を最大限に生かす経営を進めていきましょう。


 


 


【執筆者】ニッキンONLINE編集部


 


 

すべての記事は有料会員で!
無料会員に登録いただけますと1ヵ⽉間無料で有料会員向け記事がご覧いただけます。

有料会員の申し込み 無料会員でのご登録
メール 印刷 Facebook X LINE はてなブックマーク

関連キーワード

人材育成 人的資本

おすすめ

アクセスランキング(過去1週間)