【実像】〝攻め〟に生かすクラウド(下)活用広がるも変革阻む風土

2023.03.30 04:50
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NTTデータは図右側のブッキングエリアを協調領域とし、同左側の領域を強化する筋道を立てる(同社提供)

金融界でも活用が広がるクラウド。2022年度はITベンダーの間で「金融機関のクラウドに対する抵抗感が低くなった」との認識が一般化するなど、さまざまな場面で〝クラウドありき〟の計画が定着した。これまでハードルの高かった勘定系システムにも、この波が押し寄せている。代表例は、NTTデータの「統合バンキングクラウド」だ。


共通領域を同一基盤に


「勘定系は銀行が手を取り合って協調していく領域。ある意味、塩漬けでいい」――。NTTデータの金融事業戦略部企画部の青柳雄一事業戦略担当部長はこう強調する。


同社は、地銀共同センターやMEJAR(メジャー)を筆頭に、地域銀行38行(23年3月時点)のほか、信用金庫(8割超)や労働金庫など協同組織金融機関の勘定系を預かっている。データセンターやハードウェア、OS、ミドルウェアといった各陣営で共通部分を仮想的に分離し、共同で利用する。


地域銀がこうした取り組みに賛同するのは、システムコストの高止まりを解消するためだ。IT費用の7~8割と言われる管理・保守費を、コストシェアで低減。競争領域に資源を投入する原資を創出する。現時点では地銀共同センターとメジャーの各陣営でロードマップが示されており、同社は協同組織も含めたスケールメリットを強調する。


クラウド移行では、オープン基盤を経由するのがこれまでのスタンダード。地銀共同はメインフレームからの直接移行を想定するが、「メジャーのオープン化(24年)でノウハウを蓄積する。ベースソフトは同じなのでクラウド化に生かせる」(青柳部長)と自信をみせる。


〝ゼロベース〟で構築へ


SBIホールディングス(HD)が掲げる「地銀連合構想」。地域活性化をシステム面で支えるのが、IT企業のフューチャーアーキテクトだ。異業種の金融業参入など、ビジネスモデルの変革を迫られる地域銀行の各システムを〝ゼロベース〟で最適化。既存概念にとらわれずにコスト構造を見直し、戦略領域への投資を拡大するため「次世代バンキングシステム」を、24年に福島銀行、25年に島根銀行で稼働開始する。



フューチャーアーキテクトは銀行システムを〝再定義〟し、変化対応力を高める(同社提供)

「ビジネスモデルを転換するうえで、システム基盤が制約や足かせにならないことが重要になる」(乾亮太取締役金融サービス事業担当)と分析し、オンプレミス型では難しかったリソース(資源)の柔軟性を高める。システム開発の後半になされることが多かったハードの購入を早期に行え、要件定義よりも早く稼働環境を扱えるなど、全体の開発スピード向上につなげる。


運用開始後、処理量の増加対応でも効果を発揮。部品単位でサービスを作れるマイクロサービス化をすることで、特定のサービスが伸長した際、基盤全体のスケールアップをすることなくピンポイントでの増強を可能にする。


足元では、同システムを稼働させるアマゾンウェブサービス(AWS)を基盤にする動きが活発化している。静岡銀行が27年の稼働を目指し、技術検証に着手。AWSの鶴田規久執行役員・エンタープライズ事業統括本部金融事業営業本部統括本部長は「具体的にどうやって進めるかという段階に入っている」と現状を明かす。


SaaS通じ地域DX


クラウドを活用する動きが活発なのは、基幹系システムに限った話ではない。スマートフォンのアプリを追加するように容易にシステムを導入できる「SaaS(サービスとしてのソフトウェア)」も存在感を示している。メガバンクや大手保険会社、地域金融機関などで、セールスフォース・ジャパンのCRM(顧客情報管理)「フィナンシャル・サービス・クラウド(FSC)」の導入が進む。


業界に特化したサービスにより短期間(従来比25%短縮)で迅速かつ柔軟に提供。また、年3回のアップデートを通じ、オンプレ型では必要なシステム対応の手間を省く。顧客とのエンゲージメントを高めるほか、生産性や業務効率性の向上を両立する。


さらに、導入先金融機関が取引先に同社を紹介する動きが出始めた。ペーパーレスや営業力強化といった課題解決のツールとして、成功体験を基に提案。事業会社や自治体、大学などを巻き込んでスマートシティといった〝面〟でのDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める。


得られたデータを蓄積し、特産品の〝地産外消〟やビジネスマッチングに転用した地域活性化策を構想する。エンタープライズ金融・地域DX事業統括本部の田村英則常務執行役員は「ビジネスアップにつなげられるかはデータがあることで分析できる。保有しているデータをどう活用するかが焦点になる」と話す。


求められる組織見直し


システムの維持・運営といった非競争領域のコストを低減し、顧客接点の領域を増強するのは、今の銀行界で主流の動きだ。日本アイ・ビー・エム(IBM)でも、勘定元帳の処理でメインフレームを使い、業務マイクロサービスなどをクラウド基盤で展開する構想を打ち出している。


金融界でクラウドを生かしたデジタル化は進むが、業務変革への道のりはなお遠い。例えば、ローンをオンライン完結する新サービスを展開すると、「どの店舗に成績をつけるのかという問題が、特に商圏の狭い地域銀や信用金庫だと如実に出てしまう」(ITコンサルタント)ケースは決して少なくないからだ。ある金融機関で、これを理由に営業店から反発され、デジタル戦略を見送ったことがあるという。


組織や業務フローの見直しをせずにクラウドを活用すると、単なるコスト削減で終わってしまう恐れがある。クラウドの強みを生かした新たな顧客体験を創造し、ビジネス変革のみならず地域経済の活性化にも成果を発揮するため、デジタル時代に即した組織・風土への見直しが鍵を握る。


また近年、フィンテックや異業種の参入が活発となり、BNPL(後払い決済)や商取引に組み込まれた融資商品など、本来銀行が提供すべきオンラインレンディングの勢いは増す。簡単・便利なサービスを求められるのは、どの業界でも同じ。対応の遅れは既存取引先を失うことにもつながり、生存競争で大きく劣後することになる。

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